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 店のオーナーが神さまを自称し、バイトを嫁扱いしている噂だけで、客足は間違いなく遠のいてしまうから。


 だって、そんなヤバい人の店に、僕なら絶対に行きたくないもんな。


 だから、未だに僕のことを『嫁』と呼んだりするのは、本当にやめてほしいし、今すぐやめるべき。


「私も学んだのだ。人間は、自分の持つ常識の範囲内でものを考えるのだと。その枠から少しでも外れていたら、いくらそれが真実であっても、受け入れられはしないのだと……。何かを信じるにも、受け入れるのにも、精神力というものが必要なのだとな」


 一陽さんがまいったとばかりに首を横に振る。


「むしろ、動かぬ事実を突きつけた時点で信じ、受け入れた貴様は、かなり強靭で柔軟な精神力を持っていたのだということもな」


「そりゃ、どうも」


「神も人から学ぶ。そして成長するのだ」


 一陽さんが拳を握って、「神であるからには、同じ過ちは繰り返さん。それは愚か者がすることだからな」ときっぱりと言う。


 その言い方がなんだかおかしくて、僕はクスッと笑ってしまった。


「……? 何を笑う?」


「いえ、なんでも。僕も、成長してますよ」


 日々、一陽さんから。ここを訪れる、お客さまたちから。


「今日、その成果を目の当たりにしました」


「ほう?」


「おけいはん、一年前と同じ味でした。すごく美味しかったです。でも、あの時味わった、身体に染み渡ってゆくような感覚が、今回ほとんどありませんでした。それって――」


 僕はトントンと自分の胸を叩いて、一陽さんを見上げてにっこりと笑った。


「今の僕の身体は、栄養が不足していないから。毎日の食事によって、過不足なくそれを摂取できているから。そういうことですよね?」


 この一年で、僕の身体はしっかりと満たされている。だからこそ、僕はもうあの感動を味わうことができない。


 それを理解した瞬間――とても誇らしかった。


「そうだな」


 一陽さんは目を細めて笑うと、ぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でた。


「褒めてつかわす」


 遥かなる高みからの言葉が、とても嬉しい。





 人は進化する。


 神さまもまた同じ。


 だからこそ、明日へと歩み続ける。


 夢を叶えるため。


 思いを遂げるため。


 目標を果たすため。


 望みを手に入れるために。



 だから――一陽さんは米を炊く。



「明日は、もっと美味いものを食わせてやろう!」



 日本の食文化の素晴らしさと、その文化の根幹をなす米の偉大さを知らしめるために。


 そして人々に、自分を大切にしてもらうために。





 

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