虚像の証明Ⅴ

 食事を済ませた後、再びコーヒーを飲んでから僕達は防衛局に向かった。

 防衛局は無機質で殺風景な場所、白かグレーの立方体の建造物と勝手に想像していたけれど、イメージとだいぶ違っていた。

 城というよりも宮殿に近い。都市の景観に合わせて建てられたのだろう。ファサードは三百メートルくらいだらうか。都市の方に向かって凹の字に建っている。都市と反対側、つまり防衛局の裏は庭園になっており、一般人にも開放されているオープンなスペースだとミナマが教えてくれた。

 防衛局はクリーム色の石造建築のようだ。中に入ると建物内部の広さに思わず感嘆の声を漏らした。

 壁には一枚戸の開き扉が沢山ついている。中で局員が働いているのだろうか。床には臙脂色を主としたペルシャ絨毯が長い廊下に敷かれている。高い天井を見上げると様々な花が一面に彫り込まれていて、大きなシャンデリアがいくつも吊り下げられており、暖色系の光が柔らかく輝いている。

「趣味がいい。シンプルだけど豪華絢爛って感じ。」

立ち止まって辺りを見回す僕に構わず、ミナマは先を歩いていた。

「こちらへ。」

 階段の前で僕の方を振り向き、僕に声をかけた。階段を登るミナマを追って二階へ上がる。二階も一階と同じ造りだ。

 階段はまだ上へと続いている。ミナマはさらに上へと昇っていく。三階に着くと階段はそこで終わった。どうやら防衛局は三階建てのようだ。

 三階は他の階と間取りが異なっている。階段を昇ったすぐ先に両開きの大きな開き扉がある。ミナマは扉の前に立ち、僕の方を振り返る。僕を待ってくれているようだ。

「この先は防衛局のメインルームになっています。」

そう言うとミナマは扉を開いた。

 メインルームはそこまで広くなかった。だいたい四坪くらいだろうか。

 壁面に巨大なモニタが備え付けられている。モニタはコマ割りされていて、何処かは分からないけれど、複数の場所を監視しているようだ。絶えずモニタの映像は切り替わる。何の目的で監視しているのかは分からない。

 モニタの前には数十個のデスクとコンピュータが配置されていて、ミナマと同じようにスーツを着た局員がキーボードを叩いている。乾いたタイプ音が小気味良い。

 ミナマはデスクの間を進んでいく。壁面モニターの横には更に奥へと続く扉がある。

「ここは局長室です。」

言い終わるが早いか、ミナマは扉をノックした。

「入れ。」

 野太い男性らしい声が返ってきた。ミナマは失礼します、と言うと扉を開けて局長室へ入っていく。僕もその後に続く。

 眼鏡をかけ、髪をオールバックにした男性がデスクに腰掛けてコンピュータを注視していた。顔には深い皺が入っており、髪には白髪が混じっている。僕と同じ無臭タイプの銘柄の煙草を咥えていた。

「デーツ局長、アサ博士をお連れしました。」

ミナマはデスクの前に立つと、普段より少し大きなボリュームで報告する。

 デーツと呼ばれた男性はこちらに視線を向けた。二重の切れ目だ。常時、機嫌が悪そうだと誤解されそうな、そんな目つき。イグサと少し似た目つきだ。

「これは失礼。」

僕と目が合い、慌てて煙草の火を消そうとする。

「いえ、お構いなく、そのまま。できれば私も一本よろしいですか?」

ポケットからシガレットケースを取り出すと、デーツは口角を上げた。

「では私も遠慮せず。どうぞ、そちらへお掛けください。」

 僕は促されたソファへ腰を掛ける。ミナマも座るものだと思っていたけれど、ミナマは僕の横に立った。デーツとミナマとの上下関係故だろうか。

 ミナマはデーツに対して、これまでの報告を始めた。僕は口を挟むことなく、何本か煙草を吸いながら話を聞いていた。

 ウィンターミュートが襲撃された件については手短に話が終わった。事前に逐一、ミナマが報告していたのだろう。昨夜、オーガイが僕にコンタクトを取ってきた件が話題となり、エジプトで発見された人工知能についてスコープされた。

 僕は口を挟んだ。というのも二人よりも深い知見があるのだし、僕が話さなければいけないと思ったからだ。

「エジプトで発見された人工知能は実動して間もない可能性が高いです。ディープラーニングが十分ではなく、演算能力が然程高くないのかもしれません。」

デーツは視線をこちらに向ける。

「つまり、人工知能としてはまだ未成熟、ということですか。」

「おっしゃる通り。端的に言えばそうです。ミナマの言葉を借りるのであれば子どもじみている、という事です。」

そう答えて煙草を咥える。煙を吐き出して、その行く末を目で追った。デーツと僕の煙草の煙が白い靄のように室内に滞留する。

「俺もアサ博士の意見に同意する。」

天井に設置されたスピーカーからオーガイの声が響いた。僕とミナマはある種の免疫があったので、然程驚く事はなかったけれど、デーツは慌てた様子で、ありとあらゆる方向に首を曲げている。

 そんなに驚かなくてもいいのではないかと吹き出してしまいそうになった。ミナマは冷たい目でこちらを見ている。睨んでいると言っても良い。

「報告にあったゴーストか。」デーツの指に煙草の火が近づいている。「防衛局の強固なセキュリティを突破したというのか。」

オーガイは嘲笑した。

「強固だって?ウィンターミュートにセキュリティ強化を依頼した方がいい。まるでザルだ。」

オーガイのホログラムがデーツのデスクの上に現れた。

デーツは憤慨しているようで、眉間に皺を寄せて、オーガイを睨めつけている。

「喜んでお受けします。」

声と同時にレディーのホログラムがオーガイの横に出現した。臙脂色のスーツ姿で髪をポニーテールにまとめている。

 首は動かさず、瞳だけを左右に動かしてミナマとレディーを見比べる。やはり似ている。

「あなたがオーガイ。極めて異端な存在。」

オーガイは肩をすくめる。異端。確かにその通りだ。本来、人間は肉体に依存した存在だ。人間は細胞だ。僕達は物質なのだと、DNAという長い糸で編まれた人形なのだと理解しなければいけない。謂わば肉体は思考を入れる為の容器であり、思考は容器無くしてその存在を保つ事はできない。けれどオーガイは違う。思考が独立している。

「肉体には魂が宿る。魂は独立しないとでも?」

オーガイは嫌味を含んだトーンで質問した。レディーに対してというよりはこの場にいる全員に尋ねているようだ。

「私は魂などといった曖昧なものは、そもそも存在しないと考えています。元来私たち人工知能では理解できない対象です。」

レディーは機械的に答えた。機械なのだから、機械的という表現もおかしいのだけれど、レディーは幾分、常日頃から人間臭いというか、人間に限りなく近い節がある。

 魂は存在しないのか。否、存在する。

「その点について僕は否定的な意見を持っています。これは実体験に基づいた内容なのですが。」

 僕は煙草を咥えると、記憶を呼び覚ました。

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