実像の証明Ⅷ

 部屋に入り、扉を閉めようと振り返るとミナマが立っていた。

「え?付いてきていたの?」驚いて思わず大きな声を出してしまった。自室に向かっている間、気配もしなかったし、足音もしなかった。特殊な訓練を受けているに違いない。

 ミナマは身体を横に曲げる。部屋の中を覗いているようだ。

「何というか。イグサ所長の部屋が三なら博士の部屋は八十といった感じですね。エントロピーというやつです。」エントロピーの意味が分かっているのだろうか。

「本来の意味は違いますけどね。散らかっているのは不要なものです。必要なものは整理整頓してある。」僕はデスクの上や本棚を指差す。ミナマは当然という感じで部屋の中に入ってきた。

「確かにデスクの上は綺麗です。本も著者が五十音順で並べられていますね。」ミナマは本の背表紙を眺めている。

 僕は必要な物は何かと思案した。けれどノートパソコンくらいしか思い浮かばなかった。着替えや生活用品は防衛局へ向かう道すがら、手に入るだろう。煙草も買っておこう。

「アサ博士、これはなんでしょうか。」

 ミナマは部屋の隅に置かれた段ボールからトロフィーを取り出して、僕に聞いた。地球儀のような形をした透明なガラスで作られたトロフィーだ。

「それは研究で賞を取ったときに貰ったトロフィーですね。」

「変わった形の鈍器だと思いました。ここに入っている物は全てそうなのですか。」

 五つか六つほどトロフィーや楯、賞状が段ボールに入っていたと思う。

「そうですね。僕としては捨ててしまいたいんだけど、なんだかそれは申し訳ない気もして。とりあえず段ボールに放り込んでいます。」

「飾っておけばよいのでは?その方が場所も取りません。」

「誰に見せるわけでもないし、ましてや僕も見ないし。それに棚に飾ったら埃を被るじゃないですか。」

「既に被ってると思いますけど。慣用句的な意味でも。」ミナマは嫌味な笑みを浮かべた。嫌な気分にはななかった。それになかなか上手いことを言うなと思った。

「デスクに幾つか飾っておけば、万が一襲撃されても鈍器としては使えるかもしれない。」

僕がそう言うと、ミナマは段ボールからもう一つトロフィーを取り出して、僕のデスクの上に並べた。

「リーチが短く接近しなければならないので、銃を持った相手には歯が立たないと思いますけど。」

ミナマは真顔でそう言った。僕のジョークは伝わらなかったようだ。

 イグサからエレベーターが復旧したと連絡が入った。

「じゃあ向かいましょうか。」僕はブリーフケースを持つとミナマに言った。

 僕達はエレベーターに乗り込んだ。ガラス張りなので外の様子が良く見える。先程、ヘリに銃撃されたことを思い出した。

「もうテロ集団はいないのかな。」僕は狙い撃ちされやしないかと不安になったので、ミナマに質問した。

「はい。ビル周辺の安全は確認できていますので、安心してください。」

「そうですか。それならよかった。道中、必要なものを買い揃えたいな。できれば一度自宅に戻れると嬉しいんですが。」

「防衛局内でも日用品は購入できます。安全面を考え、そのまま局へ直行すべきかと。」

僕は頷く。「なら、そうしよう。」

エレベーターが一階へ到着した。外へ出ると、僕は辺りを見回す。

「どうかしましたか?」ミナマも僕と同じ方向を見た。

「いや。ヘリが墜落したにしては、被害がないのも不思議だなと思って。普通、爆発とか起こりませんか?」

「あの機体は燃料を積まないタイプなので、被害も少なかったのでしょう。」ミナマが歩き出したので、後を追う。どうやって向かうのだろうか。そもそも防衛局が何処にあるのか、どのくらいの距離があるのか分からない。

「なるほど。詳しいね。」

 駅とは逆方向に歩いている。車に乗るのかもしれない。

「そういう職場なんで。」

「操縦できるの?」

「もちろん。」

 少し向こうに白いヘリが見える。テロリストが使用していた無人ヘリよりも少し小柄で丸みを帯びている。なんとなく小回りが効きそうな、そんなフォルムだ。フロントガラスから操縦席が見えた。どうやら二人乗りのようだ。

「まさかとは思うけど。」

「防衛局までヘリで約三十分で到着します。安心してください。私が操縦するので。」

 何が安心なのだろう。僕じゃなく、自分が操縦するから安心しろという意味なのか。さっぱり意味が分からなかった。

「僕はトーシロだから、無理だよ。」

「トウシロウ?だれですか?」

「このヘリに武器は?」

「ありませんが、スピードが出ますし、小回りが効きます。襲撃されても撒くことは可能です。」

小回りが効くのか。僕もなかなか見る目があるらしい。

「どれくらい速いんですか?」

「アサ博士が想像している二倍以上は速いと思いますよ」ヘリの前に着くと、ミナマは扉を開けて操縦席に乗り込むと、操縦席に座る。僕もミナマに続いて中に入り、横に腰掛けた。シートは硬く、ヘリの中は狭かった。乗り心地が良いとは言えない。

 僕はヘリに乗ったことはないから、ニ倍と言われても比較対象がない。

「ここから二百キロ程、西へ移動します。」

ミナマはそう言うと、手元のバーを引いた。ヘリが大きく振動する。頭上でロータがゆっくり回り始め、虫の羽音のような回転音が聞こえてきた。

「時速で四百キロか。平均が分からないから、やっぱり比較対象がないな。」

「旅客輸送で使われるヘリコプターの巡航速度は大体、時速二百キロです。」

「なるほど。ありがとう。よく分かりました。」

「ヘルメットを着用して、ベルトを閉めてください。」

僕は言われた通りにした。ロータの回転音とエンジン音が大きくなっていく。ヘルメットに付いているヘッドマイクで会話をするのだろう。ヘリがゆっくり上昇し始める。

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