第29話 商談であれば
アーヴァイン王子が、今になって私に会いに来た目的は何だろうか。おそらくは、酷い状況になっている王都に関係する話だろうと予想は出来ている。色々と大変だという話は聞いている。
もう婚約相手でもなくて、ミントン家の令嬢でもなくなった私には関係が断ち切れているはずなのに。それでも、彼はお構いなしに会いに来た。
ならば私は、商人として彼と会うことを決めた。とりあえず話を聞いてみる。利益になりそうなら、受け入れるという姿勢でいこうと思った。
過去の遺恨や個人的な感情を交えず、利益を追求する。それが、商人になった私の生き方。
「ホマリオ、一緒に来てちょうだい」
「了解しました、お嬢様」
念のため、護衛として雇っているホマリオと彼の部下を2人連れて、アーヴァイン王子が待つ部屋へ急いだ。
「失礼します」
ドアをノックして、中から返事があったのを確認してから開けて入る。そこには、苛ついた表情をして腕組みをするアーヴァイン王子が待っていた。
「遅いぞ! いつまで待たせるつもりだッ!」
あ、これはダメそうね。久しぶりに再会した彼は、相変わらず傲慢で上から目線。いや、更に酷くなっているようね。
残念ながら、私が期待していた商売に関する話し合いは無理そうだった。なので、さっさと帰ってもらうのが得策だろう。
護衛に指示して、屋敷から力ずくで追い出すことも可能だろう。だけど、なるべく穏便に、そして速やかに帰っていただけるように誘導したい。ただでさえ今は忙しいので、面倒事は減らしたい。王都から移住する準備を、彼に邪魔されたくない。
そう思っていたら、彼が口を開いた。
「お前が不当に奪っていった王家の財産を、さっさと返してもらおう」
「は?」
いきなり何の話をしているのか、意味不明だった。王家の財産など、奪った覚えはない。彼が言っていることは、事実無根である。
「どういうことですか? 私が王家の財産を奪ったとは」
「しらばっくれるな! ミントン伯爵家を追放された貴様が、なぜこんな大きな屋敷を保有しているんだ? この屋敷は、王家の財産を横領して購入したんだろう!?」
どうして、そういう結論になるのか。私には分からない。アーヴァイン王子の中では筋書きが出来上がっているらしい。
しかし、なるほど。それで、お金を工面しようというわけね。
どうやら現在の王家は、お金に困っているという噂は聞いていた。数々の計画を無理やり中止して、商会との関係を自ら断ち切ってしまった。そのせいで、資金繰りが困難になってしまったようだ。それなのに、アーヴァイン王子は新たな計画を始めるために、資金を求めているという。
そもそも、計画を中止させる必要はなかった。そんな強引なやり方で成功するはずがないでしょう。
だから、今の王国の困難な状況は全てアーヴァイン王子。私は無関係だし、むしろ被害者側と言ってもいいくらいだわ。苦労して作ってきた計画を潰されたのだから。
お金を必要としている彼に、私は事実を突きつける。今はもう、彼の婚約相手ではないのだから。
「この屋敷は、私の事業で稼いだ資産で購入したものです。王家の財産に手を出したことなど、一度もありません」
「嘘をつくな! それを証明する手段があるのか?」
「ありますわよ。今まで何度か説明したこともあります。いつも貴方は無駄遣いだと言うだけで、ちゃんと読もうとしなかった資料ですけどね」
「なっ!? そ、そんな」
「ミナ、例の資料を持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
メイドのミナに資料を持ってきてもらって、アーヴァイン王子に説明する。お金の流れについて、彼が聞いても分かるよう丁寧に。
これで納得して帰ってくれたら楽なんだけれど、おそらく無理でしょうね。穏便に済ませるのを諦めて、力ずくで追い出す方が良かったかしら。
だけど、王都から移住するための準備する時間が、あと少しだけ必要だった。
アーヴァイン王子に邪魔されたくないから、時間稼ぎのため穏便に済ませたいのに。本当に面倒臭い男ね。
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