D⇔A:SISTERS ~今日もお姉ちゃんが俺を甘やかしてくる~

龍威ユウ

第0話:今日も我が家は騒がしい

 雲一つない快晴。

 清々しいほどの広大な青空を優雅に泳ぐ小鳥達は、とても心地良さげだ。

 燦燦さんさんと輝く太陽は眩しくも温かくて優しい。

 今日の天候もいつもと変わらず良好――ピクニック日和といっても過言ではない気候に、景信はうんと大きく伸びをした。


 景信が目を覚ましたのはつい先程で、身支度をてきぱきと整えていた彼は、パタパタと部屋の外から聞こえる足音に「またか……」とげんなりとした顔で深い溜息を吐いた。

 程なくして、バタンと勢いよく扉が開かれる。

 荒々しい入室をしたその来訪者はぜぇぜぇと息を切らしていて、景信の姿を見やるや否やがっくりと項垂れた。それもほんの束の間、バッと顔を上げた来訪者はあからさまに不機嫌さを表情かおに現した。



「もう! またですか景信様! お洋服の御着替えをするのはこの侍女メイドの琥珀の役目であると何度も申し上げたではありませんか!」

「いやそんなこと言われてもなぁ……」



 景信の専属侍女メイドを務めている彼女……琥珀の言い分も、わからないでもない。

 侍女メイドとは本来主人に対して奉仕するのが仕事なのだから。

 少年がしている行為は何気ないものでも、彼女達侍女メイドからすれば自分の仕事を取り上げられたも同じ。仕事がないと用なしと扱われる、結果捨てられる――それ故に彼女……琥珀が必死になのも、景信は一応の理解は示してはいた。


(でもなぁ、琥珀着替えてる時の鼻息とかめっちゃ荒いんだよなぁ。後平気で舐めてくるし)


 過去の事例を挙げるなら、景信は着替えを渋々と任せた際にうなじを舐めらている。

 舌先が触れる程度であれば気付かないフリもできなくはなかった。

 しかし、べろりと大胆に舐められればさしもの景信もこれには言及ツッコミを入れないわけにはいかず。その以降から景信は着替え……もとい、自分のことはすべて自分で担うように固く心に誓った。



「はぁ……今日こそ景信様の御着替えをお手伝いできると思いましたのに」

「だから、着替えぐらいは自分でできるからっていつも言ってると思うんだけど……」

「それではいけません! 景信様の御着替えもおトイレも、そして夜のお世話もすべて侍女メイドの……いいえ、この琥珀の役目なのです!」

「いやそれは絶対におかしい」


 いけしゃあしゃあと発言する琥珀に、大きな溜息をもらす景信。

 琥珀の場合、仕事を取られるよりかは己の欲を発散できないのが許せないのだろう。

 景信が思うに彼女……琥珀とはとっても欲望に忠実な人間だ。

 侍女メイドとしてやってきた琥珀の志望動機も「そこの素敵ショタ殿方景信に惚れてこの命のみならずすべてを捧げたいからです」と、裏がないありのままの本心を堂々と語る琥珀の意志には当時景信のみならず、その場にいた全員が引いていた。

 それはもう、見事なまでのドン引きである――らしい。

 そんなこんなでも景信と琥珀との付き合いはもう1か月にもなる。 


(時の流れってのは本当に早いもんだねぇ……)


 しみじみと景信は思った。


 それはさておき。


 完璧に身支度を整えた景信は未だ頬をむっと膨らませる琥珀を置いて先に部屋を出た。

 長居をしていれば既成事実を作られる……冗談や誇張であれば、どれほどよかったことだろうか、と景信は心中にて嘆いた。

 景信が退室してからしばらくの間が空き、またしても荒々しい開閉音が彼のすぐ後ろで鳴った。

 彼女一人のためだけに特注を用意するのもいささか気が引けた景信だったが、ドアノブだけが琥珀の手中に残り後はすべて粉々に四散した扉だったものを見ればあながち間違いでないとも思った。



「――、おはよう景信ちゃん。昨日はぐっすりと眠れた?」

「……まぁまぁってところです」



 食堂にて早々、優しく声を掛けてきた女性に景信はそっぽを向いた。

 一見すると彼女に対して嫌悪感を抱いているようだが実際はまるで異なる。

 その女性……千珠院虎美せんじゅいんとらみは景信の姉に当たる人物だ。

 おっとりとした性格で誰に対しても“ちゃん”を付ける彼女だが、そのプロポーションは弟の景信から見ても抜群だった。歩くだけで上下にぽよんとゴムまりよろしく跳ねる豊満な乳房は、服越しからでもありありと主張していて、その天が与えた二物を現在進行形で押し付けられている景信には、堪ったものじゃなかった。

 彼とて健全にして、性に関して興味津々な年頃の男なのだから。



「……虎美お姉ちゃん。前々から言ってますけど、抱き着くの止めてもらっていいですか?」

「どうしてそんな酷いことを言うの景信ちゃん! 前はこうやっていっつもくっついていたじゃない!」

「いや昔はそうだったかもしれませんけど今は違うって……これもう何度目だって思ってるんですか」

「そうですよ虎美様。お言葉ですが虎美様の行動は景信様にとってあまりよろしくないと思います――この脂肪の塊が」

「は? 今なんて言ったのかな……もう一度言ってもらえるかしら琥珀ちゃん」

「だから脂肪の塊だと言ったんです。そんなものあったって景信様を癒せるなんて卑しいだけですよ」



 睨み合う琥珀と虎美、ばちばちと火花を散らす双方の視線の間にて景信は一人顔から血の気をさっと引いた。


(こ、こいつ仮にもメイドなのに……なんてこと言うんだ!?)


 仮にも雇い主側に当たる虎美に対して、琥珀の言動は明らかに不敬に値する。

 通常であればクビも免れないのに、当人もそれが理解できないほど愚かな人間ではないのだが、女としてのプライドを琥珀はあろうことか優先させた。琥珀の胸は、言葉にするのも気が引ける……とても残念だった。まな板よりも少し、ほんの少しだけ膨らみがある。虎美と比較対象にすらならないし、彼女らを並べることはある種自殺行為にも等しい。

 景信としては、大きいのも小さいのも好きな方だ。

 大きさにはとくにこだわりはない。

 その事実を述べたところで二人……特に琥珀が止まってくれそうにないから、せめて荒事だけは起こらないでくれと景信はただ切々に祈るしかできなかった。

 そんな景信の心情なんて知る由もないこの二人は、ばちばちと未だ睨み合っている。



「……だいたい前々から私は反対だったのよ。景信ちゃんのお世話をしたいからって近付いて……そっちこそ卑しい女じゃない」

「私は卑しくなんかありません、景信様に対する想いはすべて純情そのもの。命令されれば今すぐにでも彼の子を何人でも生みます」

「いや、そんなこと命令しないから」

「景信ちゃんと赤ちゃんを作るのはこの私なんだから盗まないでこの泥棒猫!!」

「いやそれもおかしいですから!!」

「いいえ景信様の童貞を頂くのはこの私ですご本人様からの了承も既に得ておりますので!」

「そんなこと了承してないしど、童貞じゃないから!」

「は?」

「ちょっと景信ちゃんどういうこと?」

「……ごめんなさい嘘吐きました」



 何が悲しくて童貞であることを明かさねばならないのだろうか……下手に意地を張らなければよかったと、今になって心底景信は後悔した。

 とにもかくにも、琥珀と虎美の主張……とは名ばかりの妄想暴露大会は拍車が掛かる一方だ。


 そろそろこの事態を収拾しないと大変なことになる。

 虎美も琥珀も見た目が美少女であるがその実、景信が引くぐらいの武闘派である。

 人間であろうとなかろうと、相手が神仏悪鬼羅刹だろうと彼女らは気に入らないと判断するや否や実力行使を平気で用いる。そこにはもちろん手加減なんてものはないし、対峙した者は心底不幸であったとしか言いようがない。

 その力が今正に衝突しようとしている。景信の焦りはここにあった。



「ちょ、二人ともこんなところで暴れないでくださいって!」

「景信ちゃんはね! 私みたいなおっきなおっぱいが大好きなんだから!」

「いいえ私のような慎ましい胸が景信様の性的嗜好なんです!」

「どっちも違うから! 俺は別に胸で女性を判断したりしないから!」

「じゃあどこなの!?」

「それは……って言えるわけがないでしょうが! 何言ってるんですか本当に!」

「――、はいはい二人ともそこまで」



 パンパンと打つ柏手と優しくもどこか威厳に満ちたその声が、二人をぴたりと抑止させた。

 声がする方を見やれば、母――千珠院紫苑せんじゅいんしおんが呆れたような笑みを浮かべている。その傍らにはもう二人の姉……次女の千珠院朱音せんじゅいんあかねと三女の千珠院清華せんじゅいんきよかもいた。



「お、お母さん!」

「ご、ご主人様! も、申し訳ありません!」

「景信が好きなのはわかるけど、虎美も琥珀ももう少しお淑やかにしなさい」

「姉貴ってばホント、ノブのことになると相変わらずだよねぇ」

「やれやれ……これがわたくしの姉であると思うと頭が痛くなります」

「ちょっと朱音ちゃんも清華ちゃんもお姉ちゃんに対して辛辣じゃないかなぁ!?」

「純然たる事実を申したまでですよ、虎美姉さま。後朱音姉さまも」

「はぁ!? なんでウチまで含んでるんだよ清華! アンタってばホント、妹のくせにしてかわいらしさゼロじゃん!」

「駄目な姉を二人も持つ末女の気持ちにもなっていただきたいものですね」

「よっしゃ戦争だ。表でなこの愚昧!」

「喧嘩しないの! まったくもう……」

「あはは……」



 一家勢ぞろいした食堂は今日も賑わしい。

 ぎゃあぎゃあと口論を繰り広げる光景を前に、景信は意識を過去へと遡らせた。

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