悪魔の白い粉もどき〜文旦の別の顔〜

焼きたてのパンは美味い。むしろ焼きたてのパンでマズイものがあるならば、ぜひとも食べてみたい。そのくらい焼きたてのパンというものは、それ自体がすでに「美味い」という保証をされている。


そんなホカホカのパンを、両手でポンポン弾ませながら熱を冷ます。



パンの中でどれが一番好きかと聞かれれば、迷わずクロワッサンと答えるが、その理由の根幹には「バターの存在」がある。


そもそもわたしはバターが大好物。なかでも「ECHIRE(エシレ)」は、パンに塗るとか料理に使うとか、そんな無駄な食べ方はしない。冷蔵庫で冷やしたエシレバターのブロックに、そのままかぶりつくのだ。



エシレはフランス中西部に位置する村の名前。そこで作られた特別な製法のバターこそが、エシレバター。1900年に開催されたパリ万国博覧会で1等賞を受賞したほか、世界中の一流シェフやパティシエらから愛される、伝統的な発行バターである。


近所のスーパーで手に入れるのは難しいかもしれないが、専門ショップや百貨店などで購入することができる。決して安くはないが、「バターは塗るものではなく食べるものだ」という感覚を味わうことができるのは、エシレだけだろう。



話が逸れたが、バターをダイレクトに食べるほどバター好きなわたしは、パンも当然、バターがふんだんに使われているクロワッサンを好む。街中でパン屋を見つけたら、必ずクロワッサンを買って試すほど、パン屋のランクはクロワッサンで決まるといっても過言ではない。


だが時には他のパンも食べる。たとえば食パン専門店があれば、1斤(または2斤)丸ごといってしまう。それもスライスすることなく、豪快に指でちぎりながら食べるのが乙な食べ方。



同じくハード系のパンもちぎって楽しむわけだが、外側が硬くて中身が柔らかいことがウリのこれらは、やはり焼きたてが断トツで美味い。爪で小突くとカツカツ音がする、まさにハードな表面と、パンなのにもっちりとした、弾力のあるふんわり中身とのコラボは、焼きたてであればあるほど感動的。


ときには中身が熱すぎて指先をやけどしそうになるが、それはそれで間違いなく美味いことを示唆しているので、問題にはならない。



そして今、焼きたてホヤホヤの大きなハード系パンを割ろうとしている。冷めると皮が硬くなるが、今はまだ豊富な弾力があり、親指を少し突き刺しただけでもジワジワと沈んでいく。


指先がパンの中身に到達すると、そこはまるで食パンの白い部分のようなもっちり感に包まれている。そのフワフワをつまんで引っ張ると、まるでモチのようにびにょーんと伸びながらちぎれる。


――なんて幸せな感触なんだ。



白い粉(小麦粉、白砂糖、白米)は「悪魔の白い粉」などと揶揄され、体によくないものとされる。だが「悪魔」といわれるからにはその所以がある。そう、脳がとろけるほどの中毒性があるのだ。


パン、ご飯、パスタ、ケーキ、クッキー。文字を読むだけでよだれが溢れてくる。わたしはすでに、悪魔の白い粉に侵された人間の一人だろう。そのため、健康にわるいだのダイエットの敵だのと、罵られたところでどこ吹く風。



あぁ、それよりもこの感触。フワフワでもちもちの白い生地が、引っ張ると不思議なくらいにしっとりと伸びる。これぞ焼きたてパンの醍醐味。


さっそく熱々のパンを口へと運ぶ。



(にがっ!!!!)



――そう、これはパンではなく、オーブンで30分焼いた文旦(ぶんたん)だったのだ。

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