第22話 再会

 ティアは十分に身構えていたが、それでもその人物の放った言葉に動揺を隠しきれない。


「い、妹……? あなたは私の兄、なのか?」


「そうだよ。僕たちはこの世で二人きりの双子の兄弟なんだ」


 双子の兄妹、本来ならばこの世で一番近しい存在なのだろう。だがティアは彼に対する感情を決めかねた。


「そんなに警戒しなくても、僕がティアを傷つけるわけないだろう。十五年間、ずっと探していたんだよ。……やっと会えた」


 そう言って、ティアの兄を名乗る少年は、ティアの目の前まで来ると、その両手を広げてティアを抱きしめた。包むように優しく、どこか遠慮を滲ませるその抱擁にティアもおずおずと彼の背中に腕を回す。ティアの知る同じ年頃の少年に比べ、随分と華奢な体だった。


 ぎこちない再会の抱擁を解いた後、少年はティアに微笑んだ。


「まだ名前も名乗ってなかったね。――僕の名前はエア」


 そう言ってエアはティアの手を取り、部屋の外へ促した。


「ずっとあの部屋で退屈だっただろう。でもウイルスや細菌をここに持ち込むわけには行かないんだ。理解してほしい。――彼にも謝らなくてはね」


「――彼って、もしかして」


 ティアは、チェイスもここにいる可能性に、思わず声が大きくなる。


「ふふ、ティアの友達だと思うよ。あのダークブロンドの彼。……一緒に来てくれる?」


「……ああ、チェイス、無事だったんだ」


 もはや喜びを隠しもせず、ティアは走り出しそうになるのを我慢してエアのあとに続いた。もう迷路の中をあちこち歩かされても苦にならない。むしろ弾む足取りでチェイスの待つ部屋に向かう。


 真っ白な壁と真っ白なドア、他のどの部屋とも変わらないその部屋のドアが開くと、中にはやはり白い服を着たチェイスがこちらを見ていた。やや緊張した面持ちで四人の来訪者を注意深く観察し、エアの顔を見て驚きに目を見張る。そのすぐ後ろにティアの姿を見つけると、チェイスはようやく強張った表情を緩め、大股でティアの方へ近づいてきた。


 同行してきた男が、エアを庇うように間に割り入ろうとしたが、エアが小さく、構わないよと言ってチェイスとティアは無事を喜んできつくお互いを抱きしめた。苦しいほどに抱きしめるチェイスはティアの肩に顔を埋めて、誰にも聞こえない小さな声で、何もされてないか、と聞いた。ティアはイエスの答えの代わりにチェイスの背中を軽く叩いた。しばらくそうして抱き合ったあと、ようやくチェイスはまじまじとティアの顔を見る。


「よかった、ティア。無事だったんだね」


 そう言ってチェイスはもう一度ティアを抱きしめる。そしてそのままティアを庇うように自分の体に隠すと、エアに向き直る。


「あなたはいったい何者なのですか。――その顔、ティアとそっくりだ」


 口調は丁寧だが、チェイスはティアが聞いたこともないような強く突き刺すような声で問う。エアは穏やかに微笑んで両手を広げ、語りかけるように答えた。


「ティアは僕の妹です。一卵性双生児の。生まれて間もなくティアは誘拐されてしまい、以来僕たちは離れ離れでしたが、ようやく会うことができた」


 チェイスは驚いてティアを振り向く。ティアも先程聞いたばかりの話だ。チェイスが驚くのも無理はない。だがエアの顔はティアと瓜二つで、浅からぬ関係にあることは一目瞭然だった。


「そのこともいずれ詳しくお話しましょう。我々もあなた方にお聞きしたいことがたくさんあります。――お疲れでしょうし、まずはゆっくりと休んでください。お二人には部屋を用意しますのでお好きなだけそこで過ごしてください。……ああ、お二人は恋人同士かな? 同じ部屋にしましょうか?」


 エアはにこやかに微笑んでティアを見る。ティアは慌てて首を振り、言い訳のように焦って答える。


「こ、恋人なんかじゃない。チェイスは私の兄だ。……その、血は繋がってないけど」


「部屋は別にしてください。ただし出入りは自由にさせてもらいます」


 チェイスが毅然とした口調でそう言うと、エアはもちろん、と答える。そして、思い出したように付け加える。


「お二人の馬もお預かりしていますよ。会いに行くなら案内させます」

 

ティアはモナークとゴーストも無事と聞いて、飛び上がらんばかりに喜んだ。


「ぜひ会いたい! 連れて行ってください」


 そう言ってチェイスの手を握りしめた。


 エアは用事があるからとそのまま退室し、白い服の男の案内で二人は広い馬場を併設した厩舎についた。そこには百頭は下らないであろう馬たちが馬房の中で寛いでいた。ゴーストとモナークも清潔な馬房で落ち着いた表情を見せている。ティアが駆け寄るとモナークは激しく顔を擦りつけてティアの手のひらの匂いを嗅いだ。


「乗りますか? 体調も問題ないのですぐに出せますよ」


 男に言われてティアは大喜びで頷いた。二人はそれぞれの愛馬に鞍を乗せると馬房から引き出した。男は最初に出会った集団のようなマスクを付け、目の前の馬場でなく、壁一面の大きな扉の前へ促した。しばらくするとその大きな扉の隙間から細い光が差し込み、やがて大きく開いた扉の向こうには、数日前に見たのと同じような見渡す限りの草原が広がっていた。


「他の馬たちも放牧しますので、その間は自由に過ごしてください。昼前にはお知らせしますので」


 二人は、数日ぶりの太陽の光の下を愛馬に任せて勢いよく走り出した。その後に続いて数十頭の馬たちが踊り狂うような勢いで駆け出してくる。広い草原を力強く自由に駆ける姿はティアも見惚れるほどに美しい。


 モナークとゴーストに先導されるように馬の群れは走り、時に裸の馬たちに追い越され、ティアとチェイスは果てのない草原を時間を忘れて走った。馬体に汗が光る頃ようやく二人は馬を止め、鞍を下ろして二頭を自由に遊ばせてやった。自らも草の上に寝転がり、窓のない部屋に閉じ込められた数日分を取り戻すように風と光の匂いを胸いっぱいに吸い込む。しばらくそうして無邪気に過ごした後、二人は不意に黙り込む。


「ティアはどう思う?」


 チェイスは単刀直入に切り出した。ティアは少し考えた後、チェイスの反応を探るように呟く。


「あの話は本当だったのかもしれない」

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