第16話 傷口
怪我人が運び込まれるのはこのパックで医者の代わりを務める
今年六十を越えた彼女はパックのほとんどの者のこの世での第一声を聞き、最初に抱き上げてきた。だから敬意を込めて彼女は
ティアが
「マム、ルーファスの傷はどう?」
グウェンは彼女の
「小さな弾さ。鎖骨が折れてるが、関節には問題ない。ひと月もすりゃあ元通りだろう」
それを聞いてホッとしたのも束の間、部屋のドアがノックも無く開くと、ケイトが泣きながら飛び込んできた。ティアは無意識にルーファスのベッドから一歩遠ざかって俯く。
「ルーファス! ——マム、ルーファスは無事なの?」
ケイトはルーファスの
「——あんたのせいよ! あんたを
鋭く突き刺さるケイトの罵声に、ティアは顔を上げることもできずに俯くだけだった。激しいケイトの敵意に抗う正当な手段を、ティアは持ち合わせていない。ケイトの声に、ルーファスが微かに身じろいだ。グウェンが低く呟くようにケイトを
「ケイト、今眠ったばかりだ。そっとしてやりな」
グウェンに言われてケイトは唇を震わせてティアを睨みつける。そしてその唇から、まるで呪いのように吐き出された言葉はティアを愕然とさせた。
「ルーファスもチェイスも、いつもあんたのお守りに苦労してたわ。......あんたがいい気になってウサギを追いかけてる間もずっとね。あんたなんてただのお荷物なのよ」
「ケイト! いい加減にしな、怪我人が起きちまうだろ」
グウェンが割って入り、ケイトは不満げに口を閉ざした。ティアはきつく握りしめていた手をようやく緩めると、どうにか言葉を絞り出した。
「——ごめん。私のせいでルーファスをこんな目に遭わせた。もう二度とないって約束する」
そう言ってティアはグウェンの部屋を飛び出した。後ろからグウェンが呼ぶ声が聞こえたが、ティアの瞳はもう涙を隠しきれなくなっていたので、一刻も早く逃げ出すしかなかった。
誰にも会わないように、ティアは一度も立ち止まらずに
眠っていたのが数秒なのか数時間なのか分からない。手に触れる湿った息遣いと生暖かい感触にティアが目を覚ますと、目の前に
「やっぱりここにいた」
チェイスはそう言いながらティアの隣に並んで座る。ハムとチーズを雑に挟んだパンと、スープのポット、ワインの瓶に干し肉の入ったカゴを床に置き、ティアと自分に毛布をかけた。ティアは驚いて言葉もなかったが、やがて小さく笑って言った。
「ずいぶんたくさん持ってきたな」
「ティアの分はサンドイッチとスープ。ワインは僕の。干し肉はエリウのだよ」
「このサンドイッチ、チェイスが作ったのか?」
「そうだよ。——あ、スープは僕じゃないから安心して」
「ふふ、サンドイッチも美味しそうだよ」
「バターを塗るの忘れたんだ」
他愛もない話で、ティアは少し心が軽くなっていくのを感じた。エリウに肉をやり、温かいスープを口に含むと、ついさっきまでとは違う理由で、涙が滲む。馬房の中で始まったピクニックに、モナークが不思議そうに二人と一匹を眺めていた。
「——チェイス、狩りの時に私を見張ってたって本当?」
ティアはケイトの言葉を、思い切ってチェイスに確かめてみた。
「……ケイトが何か言ったんだってね。マムに聞いたよ」
チェイスはワインの瓶を撫でるように手の中で転がしながら、少し低いトーンで答える。
「見張ってた訳じゃない。……ただ僕たちの勝手で、僕と兄さんで父さんに頼み込んでティアのそばに居ただけだ。父さんでさえ過保護すぎるって呆れてた。——だからティアの腕がどうこうって話じゃないんだ」
「……そうか」
淡々とそう呟くティアに、チェイスは余計に不安を感じてさらに加える。
「ただ僕達が、——僕がそうしたかったからなんだ。ティアを傷つけるつもりはなかった」
「わかってる。ありがとう」
静かに微笑むティアが、見た目よりずっと悩んで苦しんでいるのをチェイスは知っている。だからこそ、手が届かない場所に行ってしまうのを恐れてきたのだ。
「でも、しばらく狩りは休もうと思う、今回の件はやっぱり少し怖かったし」
だからティアがそう言った時、チェイスは彼女が何かを決意してしまったことを感じた。
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