第28話 森に住む魔女
「魔女様。魔女様、例の薬を貰えますか」
青年が訪ねたのは、森の中にぽつんとある小さな一軒家。
その扉を数回叩き、あるお願いをすると中から美しい魔女が現れる。それはいつからか近隣の町などで噂になっていること。物騒な話題なのであまり大きな声で話すような人もいないが、時折こうして噂を信じたものが人が訪ねてくる。
「あらあら、いらっしゃい」
「……あ、あの……ここは、本当に……?」
「ええ、そうね。いつの間にか噂になっているようね。私自らそう名乗った覚えはないのだけど……」
中から現れた黒髪の女が、クスクスと笑みを零す。
魔女と呼ぶには美しく、まるで女神のようだと思わず拝みたくなってしまう。
だが、彼女が魔女と呼ばれるのにも理由がある。
それが、彼女から買える薬だ。
「…………ほ、本当にこれで人を、殺せるんですか?」
「ええ、間違いないわ。この薬を一滴、飲み物でも食べ物でも何でもいいから垂らせばいい。そうすれば数分から数時間後に死ぬ。まぁその辺は個人差があるけど」
「……そう、なんですね。あ、ありがとうございます……お代は……」
「お代は、もういただいたわ」
「え? 僕、何も……」
「うふふ……」
魔女は青年に小さな小瓶を渡し、微笑むだけ。
半信半疑になりながらも、青年はそれを受け取って森を去っていった。
「お代は貴方の負の感情。それだけで、十分よ」
魔女がそう呟くと、背後に黒い靄が現れてゆっくりと人型の形を成していく。
「人とは誰しも、やましい感情を抱いているものだな」
「悪魔様」
魔女が嬉しそうな笑みを浮かべて呼ぶのは、禍々しい容姿をした悪魔。
悪魔は魔女の顔をゆっくりと撫で、頬を舐める。高揚した彼女の頬に痣が浮かびあがった。
「よく考えたな、ディゼル。花を薬にするとは……」
「ええ。お花は香水にしたり色々とやれることが多いですし、それに前世の記憶にもありましたから」
「ほう。便利だな、異世界の知識というのは」
魔女、ディゼルは頬に置かれた悪魔の手に自身の手を置いて、そっと目を閉じた。
砂漠の街から遠く離れたディゼルが次に選んだのは、それなりに栄えている港町の近く。他大陸からの流通なども盛んで、毎日多くの人で溢れている。
そんな町から少し離れた場所にある森の中にボロボロの小屋があり、そこを今回の拠点とすることにした。
森の中なら花も育てやすい。悪魔の瘴気で獣も近寄らない。そしてここに来たばかりのときに一人の男に例の薬を渡したことで噂が広まっていった。
誰にも気づかれることなく、証拠も残さずに人を殺せる薬を売ってる魔女がいると。
「砂漠の街で試しに作ってましたが、成功したみたいで良かったです。さすがに自分自身で効果を試すことは出来ませんし」
「そもそも、お前は悪魔の花で死ぬことはないしな」
「ふふ。おかげで心に殺意や憎しみを抱いた者がここを訪れてくれるので、悪魔様のお腹を満たすことが出来ますね」
「待ってるだけで客が来る。実に効率的だな」
「前回の街では少し疲れましたし、今回はゆっくりしたいと思います」
砂漠の街では常に花を咲かすために血を流し続けた。そのせいか、少しだけディゼルの顔にも疲労の色が窺える。
段々と食も細くなってきた。悪魔の血で死ぬことはないが、このままでは魂も弱まってしまう。それは悪魔としても好ましくない状況だ。
「ふむ。では今日はお前を抱くのは諦めるか……あまりつまみ食いしすぎても良くない」
「そんな……私、平気ですよ?」
「なんだ、俺に抱かれないのがそんなに残念か? 随分と淫乱な体になったものだな」
悪魔はディゼルの体を抱き寄せ、腰を撫でる。
悪魔に抱かれるということ。それは魂を、精神を吸い取られる行為。何度も抱かれれば魂を吸いつくし、普通の人間なら死んでしまう。
ただディゼルはすでに悪魔の血が流れている。そのせいで死ぬことはない。悪魔もまだ魂を食らう気はない。あくまでこれは、味見。
「意地悪なさらないで?」
「ふ……仕方のない奴だな。さすがは、俺の花嫁だ」
ディゼルは悪魔の首に腕を回し、抱き付いて口付ける。
ここは誰も近付かない森の中。
二人の蜜時を邪魔する者はいない。
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