第24話 神様の花嫁




「神婚ですか……」


 それは突然の事だった。

 この街にやってきて二ヶ月が経った頃。ディゼルの元にやってきた族長が告げた。それは雨を降らすための儀式として、数年に一度この地で祀っている神様の花嫁を選ぶという。

 簡単に言えば生贄だ。これに選ばれるということは誉であり、神の一部になれる喜ばしいことだと、皆は口を揃えて言う。


「本来ならこの街の住人から選ぶのだが……貴女以外に相応しい人はいない。皆も賛成してくれている」

「そうですか……それは光栄です、私で良いのならお引き受けします」


 ディゼルは深々と頭を下げて、族長の話を引き受けた。

 悪魔の次は神様の贄。どうやらこういったことに縁があるようだとディゼルは心の中で思った。


「貴女は神に愛された娘。我らの神もきっと貴女を受け入れることでしょう」

「皆様のお役に立てるのであれば、私に迷いはありません」


 儀式は一週間後。その間、街では祭りを行うという。

 これは神婚を祝うためのもの。儀式の話を聞いた街の人達はディゼルを囲み、今まで以上に彼女を持て成した。


「神子様はやっぱり凄いお方なのですね」

「ディゼル様、どうかこの街をお守りください」

「神子様」

「神子様」


 豪華な食事。美しいドレス。花嫁を祝うための踊りや歌。

 それはそれは楽しいものだった。ディゼルもずっと笑顔でそれを見ていた。


「みこさま」

「ミリィ」


 ミリィが食事の盛られた大皿を持ってきた。

 その表情はどこか寂しげで、他の皆のようにディゼルを称えるようなものではなかった。


「どうかしたの、ミリィ?」

「あの……みこさま、神様の花嫁になるの?」

「ええ、そうみたいね」

「……そうなったら、もうみこさまには会えないの?」

「そうなるわね」


 周りには聞こえないように、小さな声で話すミリィ。

 きっとこんなことを話したら怒られると分かっているのだろう。神婚の贄に選ばれることに対して不満を口にするなど、あってはならないことだ。


「……みこさまの髪、もう結うことが出来ないの……寂しいです」

「ミリィ……」

「私、変ですよね。とても喜ばしいことなのに……」

「おかしくないわ、そう思ってくれて私は嬉しいわよ」

「みこさま……」

「私は神様の贄となって死んでしまうけど、悲しむことないわ」

「っ……」


 ディゼルはわざと、神婚の儀式のことを贄として死ぬと言った。

 ミリィは両親を亡くしている。今一番慕っているディゼルが死んだら、とても悲しむだろう。

 だが、それでは悲しみが足りない。悪魔が望むほどの不幸にはならない。

 必要なのは絶望。神婚の儀式で盛り上がっている彼らを不幸のドン底に陥れるくらいの絶望が欲しい。


「……ねぇ、ミリィ。前回の神婚の儀式はいつ?」

「えーっと……私が三つのときだから、四年前です」

「その時は、誰が花嫁に選ばれたの?」

「んーとね、知らない人でした。別の国の人、だったかな?」

「へぇ……そうなの」

「うん。確か、隣に住んでたダードンさんが他の国に遊びに行ったときに知り合った人とかで、この街で結婚するために来たとか言ってたかなぁ……てっきりダードンさんと結婚するのかと思ってたけど、まさか神様と結婚するために来たなんてビックリしたから、よく覚えてます」


 小声でそう話すミリィに、ディゼルは「ふぅん」と呟いた。

 最初からそのつもりだったのだろう。奇跡の神子だとお膳立てをして、自然の流れで余所者を神の生贄にする。

 いつから余所者を騙してきたのかは分からないが、どうやら神様の贄は人間であれば砂漠の民でなくても何でも良いのかもしれない。


「……くだらないわね」

「みこさま?」

「何でもないわ。教えてくれてありがとう」

「えへへ。私、毎日みこさまのことを思いながら神様に祈ります」

「ふふ。その必要はないわ」

「え?」

「うふふ……」


 首を傾げるミリィの頭をディゼルは優しく撫でた。


 祈る必要はない。

 だって神様の贄になんてなるつもりはないのだから。


 ディゼルはすでに、悪魔の贄なのだから。


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