第8話 エピローグ

 乾杯のあと、夕食として配膳されたものは、なんと丼物。器も定食屋では見ることがなさそうな、少々高級感のあるもの。この、リゾートホテル然とした、屋敷の食堂に似合わないとも言える、実に変化球な夕食だった。


 お吸い物は赤だしのもの。具はもやしと、沖縄特産で肉厚の麩が浮かんでいた。とても上品で、美味しい。


 どんぶりの蓋を開けると、そこには親子丼。おそらくは、親子の顔合わせという気遣いもあったのかもしれない。半熟の具材が乗った、純白のご飯。卵も鶏肉もおそらくは国産の銘柄鶏だろう。醤油やみりん、料理酒から出汁を取る昆布、鰹節に至るまで、一流の者が使われているかもしれない。


 遠慮なしに、縁子はいつものよう、ちょっとはしたなくかっ込む。すると、首を傾げて言いたいことを言うのだ。


「美味しいとは思うわ。けどね、なんか物足りなく感じるのよ」

「母さん、いきなり何を言うの?」

「だって、勇ちゃんが作ってくれるやつのが美味しいんだもの」

「へぇ。勇次郎君、料理するんだね?」

「そうなのよ。この子ね、私が家事を全くやらないものだから、こーんな小さなときからやってくれるようになったの。縫い物はちょっと苦手みたいだけど、料理はね、私好みで凄いのよ」

「あぁあああ、台無しじゃないのさ……」


 どや顔の縁子と、頭を抱える勇次郎。その対照的な姿を見て、杏奈がくすくすと笑い始めた。続けて、勇次郎の料理がどれだけ凄いのか。どうしてそうなったのかを力説する縁子。


 食事が終わったあとも、少しだけそれが続いたのだが、彼女の力説を遮るようにスマホが鳴る。慣れた手つきで画面を指でスワイプする静馬。


「――うん。わかった。すぐ向かうから」

「静馬さん、もしかして」

「うん。今到着って。二人とも悪いけど」

「私たちは病院に戻るわね」


 息がぴったりの静馬と縁子。大浜父を先導に、あっという間に病院へ。


 残された勇次郎と杏奈。持ってきたお茶を二人に配膳し、余った湯飲みをじっと見て、軽く腕組みをしながら悩む麻乃。


「ほんっと、慌ただしいね」


 三人が消えたドアを見ながら、勇次郎がそう呟く。


「えぇ。でもパパはいつもあんな感じなのですよ」


 両肩をすくめるようにして、杏奈もため息をつくように応える。


「うちの母さんも電話で呼び出されたら同じだよ。文句たらたらだけどさ、絶対に助けるという目がまっすぐでかっこいいんだ」


 杏奈を見て、自然に笑みがこぼれてくる勇次郎。


「もしかしたら、お似合いの二人なのかもしれないわ。パパもマ――お母様も」


 自然な笑顔が見えたと思えば、僅かな前言撤回、誤魔化すように言い直す杏奈。


「かいちょ――ううん。杏奈お姉さん、……でいいのかな?」

「その、……できたら」

「『お姉ちゃん』と、呼んで欲しいのですよね?」

「また、麻乃ったらっ」


 くるくると変わる表情。初めて見る、リラックスした杏奈。遠慮なしにからかう麻乃。幼なじみとして、杏奈の姉のように見守ってきた彼女。


 附属中学三年間、勇次郎がごくたまに目にする杏奈は、普段は凜として、隙を見せることの少ないかった。家族に、義弟になれたからこそ、見せてくれる彼女の素の状態。


(お姉ちゃん、杏奈お姉ちゃんかぁ――)


 勇次郎は、杏奈を義姉と認めている。以前より憧れ、尊敬していて、そしてこうして、改めて口にする。


 春から始まる新しい生活。目の前で微笑む、案なの柔らかな笑顔を目にして、自然に口から出てくる、勇次郎の想い。


「あのね、実は僕、前から、お姉ちゃんが欲しかったんだ――」


 

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