第44話 困った妹分×2

 普段と変わらない王城内の廊下を、足早に歩く男女の姿があった。それは執務室から出てきたジェシーとサイラスだった。


「行き先が王女宮なのはどうして?」


 ロニに催促した通り時間がないため、あのまま執務室ですべてを聞くのは、困難だと判断したジェシーは、移動しながら話すことを提案した。

 ただ、内容には気をつける必要があるため、少し不便だった。


「他に行くところがあるのではなくて?」


 王子宮、とか。


「さっきも言ったが、そっちはシモンとレイニスが向かっているから大丈夫だ」

「その大丈夫が分からないから聞いているのよ」


 暗に詳細を話せと匂わせながら、サイラスの出た方を待った。もしも、予想通りなら、ランベールの身が気にならないわけにはいかなかった。


「邪魔だからといって、すでに私みたいに、その、なっていたら……」


 思わず言葉を濁した。


「それも含めて、詳細は聞いているから大丈夫なんだよ」

「無事ってこと?」

「あぁ。だから、お前の言う戦力外のシモンが乗り込んでも問題はない。そもそもランベールの側近なんだから、簡単に通してくれるだろう」


 そっか。それもそうね、とジェシーは胸を撫で下ろした。シモンは来月ミゼルと婚約する身だ。何かあっては困るのだ。


「じゃ、その詳細とやらは後でちゃんと聞かせてちょうだい」

「意外だな。てっきりセレナだけ心配しているのかと思っていたが」

「そこまで薄情じゃないわ。一応、ランベールだって幼い頃から知っているんだから」


 そう、交流があるのは四大公爵家内のことだけではなかった。ランベールもまた、その枠に入っていたのだ。成長するにつれて線引きされ、いつしか四人だけになっていただけで。


「心配しないわけはないでしょう」

「はは。大きな枠で一括ひとくくりにすれば、ランベールもその中に入るってわけか」


 敵わねえな、とサイラスは薄ら笑いした。


「それに、サイラスにとっては未来の上司じゃない。心配じゃないの?」

「……まぁな。知らない奴より知っている奴の方がやり易い」


 素直じゃないのか、本音なのか判断しづらかった。


 気がつくと二人は、王城の外までやってきていた。このまま真っ直ぐ行けば、庭園が見えるだろう。そしてその先にあるのは、王女宮だ。


 王城を出てすぐに、王子宮の方をチラッと見たが、思いの外静かだった。


「もう突入した後だからだろ」


 心でも読んだのか、切り捨てるようにサイラスが言い放った。ジェシーは諦めるように、足を庭園へ向け、再び歩く速度を上げた。


「サイラスはコルネリオのこと、どう思っているの?」


 もう聞きたいことが、この場では話せないものばかりになってしまったため、素朴な疑問を投げかけた。庭園に入ってしまえば聞けない話題でもあった。


「特に何もないな。興味も湧かん」

「そう言うもの?」

「まぁ、お前は命を狙われたからな。色々思うのは当然だが、俺からすればランベールと変わらない、バカだ」


 そんな身も蓋もないことを、とジェシーは呆気にとられた。


「考えても見ろ。大人しく領地で一生過ごしていれば、平和に生きられる道にいられたんだぞ。それをわざわざ何時命を狙われても可笑しくはない、権力闘争に向かって行くなんぞ、バカのやることだ」

「意外ね。サイラスでもそう思ったりするのね。普通で平凡な家庭に生まれたかったなんて」

「こういう厄介事に巻き込む妹分を持つとな」

「あら、人生の張りが出来て、いいのではなくて?」


 サイラスの皮肉なんて何のその。ジェシーは言い返した。


「そうだな。もう一人の妹分が、珍しく面倒事を持ってきたんだ。対応してやらねぇとな」

「えっ、そうなの?」

「フロディーから言伝を聞いてな。『迷惑をかけてごめんなさい』だってよ」

「……どういうこと?」


 思わず、ジェシーは足を止めた。


 助けてじゃなくて、迷惑って? それじゃまるで――……。


「セレナはコルネリオに付いて行ったというの?」

「……言葉に気をつけろ」


 サイラスの指摘に一瞬怯んだが、このまま流すつもりはなかった。歩みを止めたまま、ジェシーはじっと見つめた。すると、それが伝わったらしく、渋々サイラスが重い口を開いた。


「フロディーとシモンの話だと、そうらしい。どう接点があったのか、知り合いのようだった、ともな」

「嘘」

「何で、俺がお前に嘘を言わなきゃならねぇんだ」

「だって、えっ、どういうこと?」


 ロニもユルーゲルも、面識はないって。だから、誘拐されたんじゃないかって思ったのに、違うというの?


「まさか、共謀?」

「俺は、ロニと違って優しくないから言うが、その線だと思った方がいい」


 返事のないジェシーの手を、サイラスは乱暴に取った。


「ここで思い悩んでも仕方がないだろう。すぐそこに答えがあるんだ。急ぐぞ」

「う、うん」


 サイラスに引かれ、歩き出したジェシーは、振り絞るように返事をした。頭の中が真っ白だった。

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