第34話 夢

 流れるような美しいピンク色の髪。そこから垣間見える水色の愛らしい瞳と白い肌。上品さと可憐さを兼ね備えたドレスは、成人したばかりの華奢きゃしゃな体をより際立たせていた。


 そっと微笑むと、花が咲いたように周りを和ませる。けれど、一度無表情になると、近寄り難い雰囲気になってしまう。まるで人形のように感じられるのだ。


 そんな彼女が今いる場所は、十八歳の誕生日を祝うパーティー会場。会場入りした時は、人々に囲まれていたが、今は波が引いたように一人、佇んでいた。


「セレナ」


 名を呼ばれた途端、彼女の顔がほころんだ。探すことなく声のする方へと振り向くと、華やかなドレスを身にまとった赤毛の女性が立っていた。


「ジェシーお姉様」

「成人おめでとう。今日も素敵なドレスね。とても可愛いわ、セレナ」


 ジェシーがそう言うと、セレナはスカートの裾を掴んで挨拶をした。


 同じ公爵令嬢なのだから、そんな挨拶をしなくていいと言ったのだが、セレナは止めなかった。これは私の意思だから、と言って。


「ありがとうございます。でも、成人したのに、可愛くて良いのでしょうか。ジェシーお姉様のように、綺麗と言われたいです」

「あら、偶然ね。私も可愛いと言われたいと思っていたのよ。綺麗よりもね」


 可愛い方が良いじゃない、と言ってみせると、セレナは小さく笑って答えた。


「ふふっ。ロニお兄様に言って差し上げれば、すぐに聞けますよ」

「あれは口先だけで言っているように聞こえるから言いたくないわ」

「なら、私が言いますね。今日のジェシー様はとても可愛らしいですわ」


 セレナは笑いながら、ジェシーに抱きついた。その笑みは、先ほど周りに振り撒いていた微笑みとは違い、年相応のものだった。


「口先だけじゃないことを示せば、俺も言っても良いのかな?」


 いつの間にか傍にやってきたロニが、ジェシーの手を取って言った。


「ロニ。今日の主役を放って、私に挨拶するのは可笑しいのではなくて?」


 それでもロニは手を離さず、視線だけセレナに向けた。


「少しどいてもらえるかな、セレナ。これじゃ、ジェシーの可愛らしさが見えないよ」

「……本当に口先だけです」


 文句を言うが、ロニにひとにらみされて、ジェシーの後ろに隠れた。


「この程度で怒らないでちょうだい」

「そうです。ロニお兄様は、ジェシーお姉様といつも一緒にいらっしゃるのですから、今日は譲っていただきたいです」


 セレナにしては珍しく我儘を言うので、ジェシーは振り返ってその頭を撫でた。


「ふふっ。そのお願いくらいなら、聞いてあげてよ。でも、セレナが言うほどロニと一緒にいたかしら?」

「相変わらず、立つ瀬ないなぁ」


 ジェシーの言葉に噴き出す音と同時に、サイラスの声が聞こえてきた。再びロニの方を見ると、バツが悪そうに、サイラスに肩を掴まれていた。


 横に移動してきたセレナの表情も、どこかあわれんでいる様子だったが、ジェシーは何のことだか分かっていなかった。だから、すぐさまサイラスは話題を変えた。


「聖女様が来られたが、挨拶しに行くか?」


 そう言って、セレナに手を差し出す。聖女、アリシア・ヴィオラ・カラリッドの所までエスコートする、という意思表示に、セレナは無表情に戻り、サイラスの手を取った。


 行きたくないのね、と二人を見送りながらジェシーは思った。


 その先にいる銀髪の女性、アリシアが目に入る。すでに彼女の周りには人だかりが出来ていた。聖女とお近づきになりたい者が多いのは分かる。


 今日の主役よりも人を集めるアリシアは、子どもを産んでも、神聖力は衰えなかった。噂では、その子どもも強い神聖力を持っているらしい。未来の聖女様とも言われている。


 確か名前は、アンリエッタと言ったかしら。

 それを一応、セレナも面白くない、と思えるようになったのね。側近ではないにしても、傘下の婦人が自分より目立つなんて、嫌だって思っていいのよ。


 もっと感情を表して。貴女は人形じゃないんだから。


「やっぱり、今日一日はセレナの傍にいてあげないと。いいわね、ロニ」

「ジェシーの傍に一番多くいるのは俺だって、自覚してくれるのなら」

「拘る所、そこなの?」


 口元に手を置き、ジェシーは笑った。



 ***



 そんな懐かしい夢を見た。後に、起きて早々、ロニの顔が目に入り、思わず赤面しそうになった。


 アピールしてた! アピールしてた! 夢で記憶が改ざんされていたとしても、何でアレに気づかなかったの、私!


 思わず布団の中に潜り込んだ。


「ジェシー」


 すると案の定、ロニから声をかけられる。それも寂しそうな声で。


「な、何でまだこの部屋にいるの!?」

「まだ完治していないんだから当たり前だろう」


 そんなさも当然のように言わないで!


「それよりも、良い夢でも見ていたの?」

「!?」


 ロニの言葉にジェシーは思いっきり布団をぎ、起き上がった。


「何で……」

「分かったのかって。そりゃ、小さい頃からジェシーの寝顔は見ていたんだから、何となく分かるよ」

「そういう次元の話!?」

「だって、俺は魔力も神聖力もないんだから、他に言いようがないだろう」


 それはそうだけど、そんな理由で的中されるのは、怖いというか何というか……。


 確かにマーシェル公爵家は、体術や武術だけを使う者しかいない。過去に魔力を持つ魔術師や、神聖力を持つ神官の女性が嫁いだことがないみたいに。


「まぁ、良い夢だったからいいけど」

「どんな?」

「セレナの夢。十八歳の誕生日パーティーで……相変わらずはかなげで可愛らしかったわ。私たちが国外に行った後の五年間、一体何があったのかしら。私、気がつかない内に、嫌われるようなことをすることなんて、よくあることだから、考えても浮かばなくて……」


 そもそも回帰魔法を依頼する理由が分からない。しかし明らかに分かっているのは、殺そうとする理由だ。私が邪魔だからに他ならない。


 本人が出てこないのが、妙に信憑性が高かった。大人しい人が大胆なことを、いきなりすることは難しい。だから、陰日向かげひなたで生きてきたコルネリオが動いたのだ。


 そうジェシーが考えている中、ロニも神妙な顔つきで話しかけてきた。


「そのことなんだが、実は続きがあるんだ」

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