第32話 襲撃犯の正体

「七日前、ユルーゲルから連絡をもらったと言っただろ。その時、一緒に警告も受けたんだ」


 ロニはジェシーの問いには答えず、けれど的外れではない話題を口にした。


「……コルネリオが私を狙っているって?」

「ユルーゲルのあの魔導具は、王城にいる知り合いに頼まれて、大分前から設置しているらしい。何処とまでは明かしてくれなかったけど。その映像にコルネリオが映っていた。王子宮と庭園付近に何度も」


 だから、ユルーゲルはロニに言ったのね。王城の警備はマーシェル公爵家が担っているから。


「その辺りを調べさせているから、大元の私を潰しにきたのね」


 それじゃ、セレナとは関係ないのかしら。コルネリオの独断ということ? 

 確かに、身元を調べられるのは困るものね。今の段階だと、セレナがいたとしても、ゾド公爵家と教会に狙われてしまう。だから、私を狙ったというの? 同じ四大公爵家の人間だから。


「うん。俺もユルーゲルと同じように、そう判断した。だから、予測を立てた。狙うとしたら、首都を出たタイミングで、尚且つ魔塔の帰りが強いだろうと」


 何故なら、首都で公爵令嬢の馬車を襲撃すれば目立つからだ。そして、魔塔へ向かうことが分かっている場合、行きを狙うと、到着時間ですぐに襲撃がバレてしまう。


 それならば、帰りを狙うだろうと。行きと帰りが同じ道を使うと予測できて、さらに待ち伏せのメリットまである。

 ジェシーの帰りが遅くなったとしても、魔塔で興味を引く何かがあって長居しているのだろう、と周りは判断して、すぐに手を打つことはないからだ。


「だから、気づかれない程度に警備をしていたんだけど」

「……私が余計なことをしたのね」


 あの時、霧の魔法を使わなければ、もっと早くロニたちが助けに来てくれた、というわけだ。


「ごめん。駆け付けることより、ジェシーの魔法の方が早かったから。結果的に遅れた」

「ううん。ロニたちが心配してくれたお陰で助かったんだから。でも、魔塔に行く前に知らせてくれると、ありがたかったわ」

「それを言うなら、魔塔に行くことを知らせて欲しかった。ユルーゲルからじゃなくて、ジェシーから」


 先に連絡をしなかったのはどっちなのよ、と言いかけた口をジェシーは閉じた。気になることが他にあったことを、思い出したからだ。


「私のとった攻撃は襲撃犯相手でも、悪手だったのかしら。すべて効いていないような気がしたわ」

「相手、というより、相手の持っていた物だね。魔法を無力化する魔導具を持っていたよ」

「それじゃ、霧を放った隙に、逃げれば良かったのね。無力化といっても、視界をクリアにさせるわけじゃないから」

「結果論で言うとね」


 こちらが魔術師であることが分かっているのだから、相手だって対策してくるだろう。それが魔法を無力化するものだとは予想だにしなかったことが、敗因だったのだ。


「魔導具の所持を知っている、ということは、襲撃犯を捕まえたの?」

「一人だけ。主犯のコルネリオは取り逃がしたけど」

「……あの場にいたの?」


 てっきり、裏稼業の人間に依頼したんだと思っていた。


 そんなジェシーの態度とは裏腹に、ロニの表情は硬く、声も低くして告げた。言いたくはないけれど、告げなければならない言葉を。先ほど問われた時に、すぐに答えられなかった言葉を。


「ジェシーを刺した奴がコルネリオだよ」


 ロニの言葉に、刺された時の光景が鮮明に思い出された。

 フードを被った男が突然目の前に現れ、そして……。


「あっ」


 脇腹に手を当てた。すでに痛みがないはずなのに。


「痛い」


 刺された直後に感じた痛みが、突然脇腹に広がった。息も少し荒くなる。


 前屈みになるジェシーをロニが咄嗟に支えた。ゆっくりと体を倒し、ベッドに横たわらせる。


「もう休んだ方がいい」

「で、でも……」


 まだ聞きたいこと、話したいことがあるのに。


「情報量が多すぎて、体が負担に感じたんだよ。それに、顔も青い」


 心配そうな顔をしながら、ロニはジェシーの頬に触れた。


「話は明日だってできる。ずっと傍にいるから、安心して寝ていていいよ」

「……ごめんなさい」


 すぐに恐怖を拭うことはできなかった。が、それだけはロニに伝えたかった。大きな手の温もりと優しい声に、答えたくて出た言葉だった。


「そう思うなら、今は寝ること。まだ完治したわけじゃないんだから」

「ロニ」

「何?」

「最後に一つだけ、聞きたいことがあるの」


 先ほどの話で、ある考えが頭を過っていた。けれど、話の流れを止めたくなくて口に出せなかった。いや、認めたくなくて、別の言葉を使った。


 途中で違うだろう、とも思えたが、やはり払拭できなかった。


「コルネリオが私を殺そうとしたのは、セレナも、そう、なのかしら……」


 今は恐怖心と睡魔が勝っているせいだろうか。すぐに寝たくなくて、発した言葉だった。けれどジェシーは、ロニの返答を聞くことなく、眠りについた。まるで答えを拒否するかのように。

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