第22話 第二の刺客の味方(ミゼル視点)

 図書館から出た後も、二人の攻防は続いていた。


「付いて来るな!」


 足早に歩きながら振り向いて、後ろにいるミゼルへと叫ぶ。なんと、王城の敷地内でミゼルは、シモンを追いかけているのだ。


 幸いにも、図書館の近くはあまり人が多くいなかったため、シモンも気にしていないようだった。いや、そんな余裕がなかっただけなのかもしれない。


「ちゃんと話してくれれば、追いかけないわよ!」


 先ほどの羞恥で開き直ったのか、ミゼルの方は周りのことなど全く気にせずに叫び返す。


 しかし、その場に留まって言い争いをしているわけではない。意図があるのかないのか、シモンは人の多い場所、王城の入口の方へと足を向けていた。


「理由を言ってくれるまでやめないから!」


 次第にシモンからの返事がなくなり、王城の脇でミゼルがただ一人で叫んでいる姿だけになっていた。それはまるで、男に言い寄った挙句、相手にされない女、という図式に見えることだろう。


 それなら一層のこと、望み通りその茶番にしてあげるわよ。


「酷いわ、無視するなんて! さっきまでエスコートして下さったのに」


 言い寄る品のない女性から、遊ばれて捨てられた女性のような口調へシフト替えした。さらに立ちすくみ、口元に手を添えて見せる。


 すると、緑色の髪の女性が、ふいにミゼルに近寄った。


「大丈夫? ミゼルちゃん」

「ヘザー嬢」


 声のした方へ顔を向けると、ヘザー・バーギン侯爵令嬢の心配そうな表情が目に入った。予想外の人物の登場に思わずミゼルは驚く。が、逆にヘザーは微笑んで見せた。


「やだわ。ヘザーでいいのに」

 コロコロと玉を転がすような笑い声。しかし、ミゼルの表情は再び曇った。


「そういうわけにはいかな……いきません」


 相手は侯爵令嬢だ。爵位が上である令嬢に対して、そんな態度は取れない。いくら、


「幼なじみなのに?」


 関係性がそうであったとしても、成人している故に、その立場は弁えなくてはならない。そうミゼルは思うのだが、ヘザーは違う。


「去年までは、普通に話してくれたじゃない」

「それはまだ、お互い成人していませんでしたから」


 気安く話せた。さらにヘザーは、サイラスの思い人だ。つまり、将来のメザーロック公爵夫人、といっても過言ではない。


 いくら今は婚約者ではなくとも、いずれはそうなるのも時間の問題だろう。


「う~ん。シモンちゃんはどう思う?」


 ヘザーの登場ですっかり忘れていたが、シモンは律儀にも、その場から立ち去ってはいなかった。そればかりか、ヘザーに声を掛けられた途端、もの凄い勢いでこっちにやってきた。


「変な呼び方をするな!」


 無理もない。成人男性が、公衆の面前で“ちゃん”呼びされれば、誰だって慌てるだろう。


「え~。ミゼルちゃんとシモンちゃんが、昔みたいに追いかけっこをしていたから、いいかなって思ったんだけど。ダメだった?」


 思わず、ミゼルとシモンは顔を合わせた後、黙り込んだ。ようやく事態を飲み込み、ミゼルは赤くなった顔を下げ、シモンは明後日の方向に向けた。


「てっきり、お互いの気持ちがようやく通じたんだと思ったんだけど、違った?」

「な、何を!」「違うって!」


 二人同時に否定するが、ヘザーはお構いなしに話し続ける。


「昔からそんな感じがしていたんだけど。私の思い違いだったのかな~」


 う~ん、と悩む仕草をするヘザーを見た二人は、顔を合わせて頷き合う。そして、ヘザーの両脇をそれぞれ掴み、歩き出した。


 そうすれば少なくとも、ヘザーを黙らせることが出来るからだ。口を塞ぐ、という行為ができない苦肉の策だった。


「あら、何だか昔に戻ったみたい」


 しかし、あまり効果はなかったようだ。


「えぇ。だから、少々私に付き合って貰えませんか?」

「口調を戻してくれるのならいいわよ」


 ミゼルの時同様、シモンにも要求する。そして、返す表情もまた同じものだった。


「諦めなさい。それで、何処へ向かうの?」

「……今は言えない。ただ付いて来い、としか」


 私一人なら構わないけど、とヘザーに顔を向ける。すると、意図をすぐさま汲み取ったのか、頷いて見せるので、瞬き一つで返事をした。


「変なところじゃなければいいわよ」


 一応、念を押すことは忘れなかった。



 ***



 連れて来られたのは、首都の街中にある、宝石商の二階だった。この店は大通りから離れていて、販売よりも主に買い取りを専門にしていた。


 そして、シモンの家、カルウェル伯爵家とも懇意にしている店だった。何故ならカルウェル伯爵家は、宝石が出る鉱山をいくつか所有しているからだ。


 だからといって、こんな風に慣れた様子で店に入って、「二階使うから」と店主に言っただけで、通されるなんて。


「やっぱり女遊びしてたんじゃない」

「してねぇよ」


 部屋に入るなり、ミゼルは叱咤する。


「ここは、まぁ何て言うか。……避難先だよ」


 そう言いながら、二人に椅子を用意して、自分はベッドの上に座った。


「シモンちゃん。私たちに嘘は禁物よ。ここは王子とグウェイン嬢の逢引き場所の一つでしょう」

「何で知って……!」

「やっぱり」


 パン、と手を叩き、ヘザーは笑顔でそう言った。つまり、カマをかけられたのである。


 ほんわかした口調と空気を纏っているが、サイラスに惚れられるだけあって、ヘザーは頭が切れる。その態度さえも、計算の上なのではないかと思うほどに。


「それで、何が起きているの? ミゼルちゃんに追い回される理由を、私も聞いてみたいわ~」

「私はただ、シモンが家に帰らない理由を聞いていただけよ」


 まだヘザーをこの件に巻き込んで良いのか、分からなかったため、図書館で尋ねた、曖昧な内容を口にするしかなかった。


「う~ん。年頃の男の子が家に帰らないのは、良くあることだけど……」

「ヘザーの言うことも分かるけど、先日のパーティー前からだって聞いたわ」

「まぁ。でも、シモンちゃんが遊んでいたという話は、私の耳に入っていないけど。もしかして……」


 ここで? とシモンとベッドを交互に二人は見た。


「分かった。話せばいいんだろう」


 居た堪れなくなったのか、さっきまではあんなに頑なだったのに、あっさりと白旗を上げた。


「どうせジェシー様に言われたのは分かっているんだ。違うか?」

「うっ」

「あら、そうなの? ミゼルちゃん」


 突然反撃を食らったかのように、二人の視線がミゼルに向けられた。


 出来れば内情をバラしたくはないけど、背に腹はかえられないか。どうせジェシー様のやり方は、シモンやヘザーも知っているんだから。


「えぇ、その通りよ。グウェイン嬢を側近の一人にされたから、先日のパーティーでの出来事を心配されているの」

「まぁ、てっきり私は、セレナ様がまだご自宅に帰っていないことが原因なのかと思ったわ~」


 え? 帰っていらっしゃらない? あれから五日経っているのよ。


「そういえばシモンも、よね。これは偶然?」

「いや、偶然じゃない。としか今は言えない」

「この期に及んで、まだそんなことを言うの!」


 ミゼルは立ち上がり、シモンに詰め寄る。


「言える立場なら、全部話してる!」


 それはシモンも同様だった。が、一歩踏み出した足を下げ、ベッドに座り直した。バツが悪そうな顔をして。


「だから、ヒントだけ出す。ジェシー様にも伝えてくれ」

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