第8話 第一の刺客の思惑(コリンヌ視点)
ジェシーが、ロニとユルーゲルに会っている間、コリンヌ・グウェインは王子宮の前に立っていた。
ランベールが戻っているかも分からない状況で来てしまったけど、あの女と取引をしてしまった以上、遂行しなくてはならない。
ある意味強迫観念ね、これは。さて、ここからどうしようか。
王子宮に来る時は、決まってランベールと一緒だったから、こうして会いに行くのは初めてなのよね。さて、婚約者でもない未婚の女が来て、門を開けてくれるか。
コリンヌは頭を横に振った。
くれるかじゃなくて、開けさせなくちゃ!
よし! と両手を握り、気合いを入れて門へと一歩踏み出しだ。
ランベールの髪と同じ薄紫色をした外観。別名、アメジスト宮と呼ばれる建物は、何本もの柱が外壁の外に立っているため、神殿のように見えてしまう。
初めて来た時は、彼のために建てられたようで、ドキドキしたのを覚えている。が、ランベールの立場を知ると、すぐに監獄だと認識を変えた。
歴代の王子たちはランベール同様、権力はなく、ただここで過ごしていたからだ。死んだように生きろとでも言われたかのように、権力はすべて、四大公爵家が握っていた。
だったら、彼らを脅かさない程度であれば、自由に暮らしたっていいんじゃないの?
ランベールは、王子として毎月それなりの額を貰っている。王子宮を賄う費用とは別に、ランベール自身が自由にできるお金として。
余計なことはするな、という警告のようなものかもしれない。けれど、お金はお金だ。
お飾りの王子。お飾りの妃。ちょうどいいと思うの。政治なんて難しいことはやりたくないし。代わりにやってくれる人たちがいるわけでしょ。
私はただ、そこで有り余るお金を使って、何不自由ない生活をしたいだけ。それのどこがいけないっていうの!
セレナ様だって、ランベールのこと好きじゃないみたいだから、役割の一つくらい譲ってくれたっていいと思う!
いつの間にか大股で歩いていることに気がつき、コリンヌは姿勢を正した。王子宮の入り口が見えたからだ。
「ごきげんよう。ランベール殿下はお戻りでしょうか。お目通りを願いたいのですが」
スカートの裾を少し持ち上げて、軽く会釈した。
扉の両脇にいる衛兵相手に、畏まった挨拶をする必要はないのだか、正々堂々と立ち振る舞える立場ではないだけに、ここは誠意を見せた方がいいだろう。
しかし、衛兵は意に介さず、ただ冷たく言い放った。
「殿下はここにいないため、誰一人通すな、と命令を受けている」
まぁ、宮殿の主がいないのだから、中に入ってもしょうがないわよね。
引き返すか、としばらく王城の敷地内を歩いていると、突然茂みから何かが飛び出してきた。
一瞬、動物かと思ったそれは、地面に付いた自らの手を見て、声を出した。
「いてて」
立ち上がり、服に付いた葉や土の汚れを払う人物に、コリンヌは見覚えがあった。灰色の髪をした人物。ランベールの側近の一人、レイニス・ヘズウェー伯爵令息である。
確か、あの女はランベールに聞き出せなかったら、レイニスを探れ、というニュアンスだった。有益な情報は得られないかもしれないけど、とりあえず“探った”という事実があれば、まぁいいわよね。
あっ、でもその後の保身を考えると……真面目にやるか。
「このようなところで、どうなさったのですか、レイニス様」
未だ土や葉を落としているレイニスに、そっと覗き込むようにして、コリンヌは話しかけた。優しい声音も忘れずに。
「グ、グウェイン嬢!?」
しかし、レイニスは逆にコリンヌの姿を見て驚き、後退りまでした。けれど、それでめげるコリンヌではない。
「レイニス様、まだ葉が付いていますよ」
ふふふっと笑いながら、レイニスの肩に触れた。すると何故か、コリンヌが反応した。触れられたレイニスではなく。
さすがマーシェル公爵家傘下のヘズウェー伯爵家。同じ騎士の家系と聞いていただけあって、体つきかが違うわ。
ランベールと初めて会った舞踏会で踊った時、腰に回された腕は、どこか頼りなかったのを覚えている。
一応、嗜みとして、剣術やら鍛練などをしているとは後から聞いていたけど、レイニスの体つきと比べると一目瞭然だった。
別に筋肉フェチっていうわけじゃないけど、頼もしい男の人っていいわね。あの女やセレナ様を見ていて、そう思う。
ランベールの後ろ盾がなくなりそうなら、いっその事、鞍替えしてみるか。よく見ると、かっこいいし。
「グウェイン嬢?」
じろじろ見過ぎてたかも。
「あっ、すみません。それよりも、何故茂みから?」
「ええっと、近道をしようと思ったら、迷い込んでしまって」
「まぁ、私はまだここに慣れていないものですから、レイニス様のように近道をしたら、帰れなくなってしまいますわね」
話題を変えようとしたら、思わぬ収穫が向こうからやってきた。
「一体、どちらからここへ近道なさったのですか? 後学のために教えていただきたいのですが」
「それは、ちょっと……」
「やはり子爵程度の令嬢に、王城の敷地内のことなど、教えるわけにはいきませんものね。私が浅はかでした。申し訳ありません」
しおらしくお辞儀をしてみせる。今までの経験上、他の側近たちは当たり前だ、と一蹴するが、先ほどの返答を見る限り、それはないと思う。
「いや、確かにここは複雑なところもあるから。……そうだな、正門まで送ろう」
「ありがとうございます」
期待した通りの返答に、コリンヌは笑顔で答えた。
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