第5話 公爵邸の人々
翌朝、天蓋付きベッドで目覚めたジェシーは、昨夜のことを思い出していた。
王子宮からソマイア邸に帰るために乗った、マーシェル公爵家の家紋が付いた馬車。降りる時に差し出されたロニの手。五年振りだというのに、違和感なくエスコートするロニに、思わず感心してしまった。
しかし、慣れた調子で自身の手を添えたのだから、ロニの事をとやかく言えるような立場ではなかった。
私室に行くまで色々とあったが、一番懐かしさを感じたのは、両親に再会した時だったのは言うまでもない。回帰後、初めて戻って良かったと心から思えた瞬間でもあった。
そのせいか、年甲斐もなく泣いたため、恐らく両親は王子の誕生日パーティーで何かあったと勘ぐるだろう。今日、ロニとユルーゲルが来るのはそのためだと、勝手に勘違いしてくれると有り難かった。
「おはようございます、お嬢様」
メイドに服を着せて貰い、髪をセットすると、本当に帰ってきたことを実感する。
回帰前は、ロニが髪をセットしてくれていたからだ。一応、拒否はしたものの、シュンとした顔を見せられると断れ切れない。
そもそも、ロニは一緒に国外追放される身ではなかった。最初、国外追放を言い渡されたのは、サイラスだったからだ。
何故なら、コリンヌの動向を調査していたのがサイラスであり、誕生日パーティー当日に王子を脅したのも彼だからだ。ロニは付き添いである。
しかし、メザーロック家の長男でもあるサイラスを国外に追放することは、宰相である公爵が許さなかった。
それは勿論、私も同じ気持ちだった。父であるソマイア公爵に頼んで、サイラスを外すよう裏工作をしてもらった。
元々学者の家系であるソマイア家は、宰相を輩出するメザーロック家の相談役を担っていたのだ。
宰相と計画を練った父は、領地内にある魔塔に所属する魔術師たちの力を借りて、追放者をサイラスから私になるようにした。
無論、父が私を捨てたわけではない。
先に述べたように、学者色が強いソマイア家には、学術的調査という名目で、国内国外に人脈を持っていた。それを利用して、私が国外に追放された後も、サポートできる体制を整えてくれたのである。
そのお陰で、私の作品たちは父の手を通して国内の貴族たちに売れていた、というわけだ。平民として生活出来ていた最大の理由は、そこにあった。
つまり、ロニが私に付いてくる理由も、必要もなかったのだ。
ふと、鏡を見て、髪型を確認する。横と後ろ髪が邪魔にならないように、綺麗に纏められている。さすがにロニでもこのような凝った髪型は出来やしない。
満足した顔で鏡を見ていると、どこかオドオドした不安げな顔をするメイドが目に入った。
「どうかしたの?」
平然と尋ねてみたが、内心は冷や汗ものだった。なにせ、回帰前はメイドにどう接していたか覚えていなかったからだ。
すでに昨日の時点で怪しまれているのに、ここでまた可笑しな態度を取っていたらどうしよう。
お父様やお母様も、研究に熱中し過ぎて奇怪な行動を起こすことは度々あるから、私がそんな態度を取っていても、使用人たちはビクともしないだろうけど。
百八十度反転し、メイドと向き合う。オドオドしていても、昨夜のコリンヌのように肩を震わすことはないが、態度も変わらなかった。
「その、朝食のことなんですが、お部屋の方がよろしいですか?」
「え?」
「旦那様と奥様が、お嬢様の体調が優れないようなら、と仰っていますので……」
あぁ、と納得してしまった。
帰宅早々、泣き出した娘が翌日ケロッとしているなんて、普通は想像できないもの。引きずっていると考える方が当たり前だわ。
さらに昨夜、部屋に居座ろうとする両親を、無理やり追い出したこともまた、そのような処置となった要因だろう。
「そう。じゃ、朝食は部屋で取るわ。ついでに、新聞が来ていたら、私も見たいとお父様に頼んでもらえるかしら」
「分かりました」
メイドはホッとした表情をした後、一礼をしてから部屋を早々に出ていった。
***
朝食を終えても、新聞は届かなかった。代わりに、
「旦那様がお呼びになられています」
お父様の執務室にあるから、そこで読みなさい、と催促された。つまり、顔を見せろということである。
「姉様!」
執務室の扉を開けた途端、いきなり衝撃を受けた。弟のカルロ・ソマイアが飛び出してきたのだ。
回帰前は確か、婚約者が出来たと聞いていたが、今はまだあどけなさが抜けない十五歳の少年である。まだ社交界には出られない年齢のため、昨夜は会えずじまいだった。
思わず、久しぶりと言いそうになるのをぐっと堪えた。
「カルロ、危ないじゃない」
「ごめんなさい。でも昨日、姉様が泣いたと聞いて。一体何があったのですか? 姉様が泣かしたのならともかく、泣くなんて」
カルロ、貴方は姉を何だと思っているの?
「じゃ、期待に答えて、カルロを泣かせてみようかしら」
「いえ、遠慮しておきます」
「あら、残念だわ」
本当に。こういうやり取りは、カルロが私の身長を追い越してからは、できなくなってしまったから。
カルロとの年齢差は五歳だが、成長するとそれは大した差ではなくなる。それとともに可愛げが失せ、代わりに頼りがいのある男性へと成長した。
追放直後は父と連絡を取っていたが、回帰直前頃にはもう、カルロへと役割が変わっていたのだから。
カルロに手を引かれ、執務室にある椅子へと誘導される。他の椅子には、すでに両親が座っていて、ジェシーはカルロの隣に腰を下ろした。
「あの、新聞は?」
「ここにある、が分かるね?」
昨夜の説明をしなければ渡さない、と言っているのだ。
「王子の誕生日パーティーに、セレナの姿がなくて……。それほどまでに王子が嫌だったのだと、気づいてあげられなかったと思うと涙が……」
「ジェシー。そういう嘘はいいから、本当のことを言いなさい」
「お母様、嘘ではありません」
後半は嘘だけど。
「ふむ。新聞にも、そう書いてあったな。王子とセレナ嬢がいないまま、パーティーは早々に御開きになったのだと」
「他には何と書いてあったんですか?」
「また王子が空回りをしているのではないか、という憶測が色々と書かれていただけで、どれも信憑性には欠けていた」
「そうですか」
つまり、
「けれど、セレナのこともありますので、お借りしても?」
「いいだろう」
「あなた!」
「ジェシーに話すつもりがないことくらい、お前も分かるだろう」
さすが、お父様。理解が速くて助かります。しかし、新聞を受け取った時、お母様と同じ不満気な目線を送られた。
これ以上、ここにいるのは危険だと感じていた頃、ちょうど執務室の扉がノックされた。
「入れ」
「旦那様。お嬢様にお客様がいらっしゃったのですが。いかがいたしましょうか」
入口で、そう言う執事の何とも頼もしいことか。
ジェシーは立ち上がって、父親に一礼する。
「実は昨夜の件で呼んだんです。なので、私はこれで失礼します」
そう言って、父親の許可も得ずに執務室を後にした。
ちょうど執事とすれ違う際、ロニとユルーゲルを応接室に案内したと聞き、あとで褒美を考えなければ、と思った。
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