第34話

道北と去年の思い出


翌日、薫は早朝に呼人の仲間に別れを告げ一路、北を目指して走っていた。

それぞれ別の所に向かう彼等とはもう会う事は無いかもしれないし、ひょんな所で再会するかもしれない。

夏の北海道ツーリングは一期一会、こんなものと薫も理解はしている。だが、別れた後には毎回寂しく感じるものなのだ。

一人相棒のFZを走らせながら賑やかだったこの数日を思い出す。


網走湖を離れ、国道239号線を北上する。

能取湖をグルリと回ってしばらく一時オホーツク海を望めたが、常呂を超えた辺りから道は内陸に入り様々な畑ばかりになる。

この前次郎達とホタテを食べに曲がった脇道を通り過ぎると右側に青い水面が広がる。

サロマ湖だ。

一見海と見間違う程の大きな湖、遥か彼方に細く陸地が見えるから間違い無いだろう。

右に左に緩やかなカーブが続く。

次第にサロマ湖が遠ざかり湖との間に木々が増え出した。もう暫く走れば以前に行った湧別の温泉が有るが

時間も早いので通り過ぎ、湧別の街中で直角に二度曲がると小さな橋を渡る。

橋の上の道幅が狭く対向車が近い。こちらも車だったらちょっと怖いかもしれない。

湧別川にかかるこの橋から川面を覗くが、結構な水量で茶色い濁流が勢い良く流れている。

両側の土手の頂上付近には、大小様々な流木が絡まりながら打ち寄せられていて、今回の台風の増水の影響に驚いた。

今では随分と下を流れているものの氾濫寸前だったのかもしれない。

「そりゃあキャンプ場位沈むわ!」

ヘルメットの中、一人小さく呟く。


のんびりとオホーツク海を望みながらツーリングを楽しむ薫。

目の前には少し栄えた街並みが広がり始める。

紋別の町だ。

橋を渡った時に感じた台風の猛威も感じられず、至って普通の長閑な街並みだ。

出発した時間が早かった事もあり、現時刻は9時半、食事にも休憩にもちょっと早い。そう思った薫は街には寄らずに進む事にする。

バイパスの様に紋別の町を迂回する国道239号線を直進する事にする。


のんびりと走って20分少々。新たな街並みが見えて来た。

興部町。おこっぺと読む。以前は薫も読めなかった。

どうにも北海道は読みの難しい独特な呼び名や地名が多い。初めて行く場所はほぼ読めないと断言しても良いくらいだ。

この興部町には少し思い出が有って、もう一度訪れたいと思っていた場所だ。


一年前、幼馴染との二度目の北海道、釧路から海沿いを逆時計回りで旅した薫達は、天気に恵まれず雨の中休み休みに走り続けた。

晴れ間を待ち今回と同じ様に網走呼人浦から走り始めたものの、遅い出発と多々の寄り道で紋別の街中で早めの夕食を取っていた。

「ねぇ〜カオ!これからどうするの〜?」

雑誌に載っていた店でタラバの刺身に舌鼓をうつ薫に問いかけたのは、幼稚園からの幼馴染豊海(トヨミ)だ。

「う〜ん!そうだなぁ。そろそろ寝るところを探そっか?」

「うん!」

そう答えた薫に豊海も元気良く返事をする。

そうして二人は話し込みながらキャンプ場を探す事にした。

どうやらこの先の岬にキャンプ場が在る様だ。

今夜はそこで寝る事に決定して店を出る。

「え〜嫌だ〜!また?!」

「うっそでしょ?!」

表に出た二人が見たのは、しっとりと濡れた路面とバイクだった。


日も暮れ始め薄暗くなっていく中、二人は雨に打たれつつバイクを走らせていた。

キャンプ場のある岬まで、距離にして三十kmいや。四十kmはあるだろうか?

到着する頃にはすっかり陽は落ちているだろう。

暗い雨の中、初見のキャンプ場を見付けられるのか薫は不安に駆られながらもバイクを走らせた。


走る事数分、後方から赤い光が二人を照らした。

「前のオートバイ。ちょっと止まって。」

「んっ?!」

パトカーだ。

雨の中をゆっくりと走る薫達が違反をしたとは思えないが突然の警告にドキッとする。

何かの職務質問かしら?

薫達は素直に道路脇にバイクを停めた。


「この雨の中何処まで行くの?」

少しイントネーションが独特な感じで、降りて来た警察官は二人に尋ねる。少しお腹の出た三〇代程後半だろうか?

「えっと…この先の岬にキャンプ場が在ると思うのでそこまで…」

「あぁ!ダメダメ!日の出のキャンプ場は台風で閉鎖されとる。」

薫が言い終わる前に警察官は薫が向かっているキャンプ場の現状を教えてくれた。どうやら日の出キャンプ場と言うらしい。

「えっ?!そうなんですか?参った…」

「このパトカーに付いて来なさい。良い所があるから。」

またもや薫の言葉を遮りつつそんな事を言って来た。

どうやらこの方、ちょっとせっかちらしい。薫の返事も聞かずにパトカーに戻ると手だけ出しておいでおいでしている。

「ふぅん…」

薫はちょっと首を傾げため息を吐くとバイクに跨った。

「なんだかキャンプ場より良い所があるらしいから付いて来いって!」

「ほいさ〜!」

徐々に激しくなる雨音の中、相棒の豊海に怒鳴るとゆっくり走り出したパトカーの後ろを突いて行く。

街灯も無く真っ暗闇の中、赤く目立つ回転灯とテールランプを追いかけながら十数分、少しある連行中感を感じながらもパトカー越しに町の明かりが見えて来た。

パトカーは町の中ほどで左折すると何十メートルか先で公園の駐車場の様なところに入って停車した。

薫達二人もパトカーの隣にバイクを停める。

「あそこに電車の客車が見えるやろ?あそこ無料で寝れるから。早う行き!」

警察官がパトカーの助手席から顔を出して指差した方向には、確かに客車が二両停車していた。

「じゃあ!気を付けてツーリングするっしょ!」

そう言い残すとパトカーを発進させる。

「あっ!ありがとうございました!」

聞こえているのか、窓から手をプラプラ振りながら遠ざかって行く。

どうにも北海道の人間は朗らかで大らかだ。警察官だからと言って硬く無くやんわりと親しみ易い。

あのパトカーと出会わなければ、閉鎖されたキャンプ場で二人、途方に暮れていた事だろう。

その日二人は、無事に客車のライダーハウスで夜露を凌いだ。


そんな昨年の出来事を思い出しながら、薫は興部の道の駅の駐車場にFZを滑り込ませた。

相変わらずの雰囲気は昨年のまま、ご機嫌な陽気にも関わらず道の駅の駐車場には車が数台止まっているだけで閑散とした様子に。

「そう言えば今日って平日か〜」

長く北海道をぶらつくと曜日感覚が乏しくなるのはご愛嬌という事で。

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