第29話 カレー愛好会の終わり

 酒を飲みながらひとしきり的場の司法試験合格を祝ったあと、話題は再び僕の弾劾へと移った。


「それで、その忍野さんっていうのは誰なんですか」

「副会長の隣に住んでる1回生」

「1回生! 犯罪じゃないですか! 的場さん! ついに身内から犯罪者を出してしまいましたよ」

「ああ、嘆かわしいことだ。来年の全国大会には出られないだろう。会の存続も危ぶまれる」

「不祥事! 不祥事!」


 人の幸せを不祥事扱いとは、友だちがいのない奴らだ。


「で、副会長。どうやって1回生と付き合ったんですか?」

「高崎? お前ノウハウを学ぼうとしてない?」

「は? ち、ちげーよ。本当に付き合ってるのか確かめようとしたんだ」


 あーだこーだ言い合う高崎と堀川。


「で、どうやってその1回生を落としたんですか?」

「お前も聞くんじゃないか、堀川。んー……カレー屋に行った」

「それだけ?」

「それだけ、かな」


 特に何かをした、ということもない。


 ただ僕は忍野さんと仲良くなりたくてカレーを食べたり、カレーを食べただけだ。


 そもそもそれは忍野さんと付き合いたかったとか、そんな意図はなくて、僕の目的は忍野さんにカレーをおすそ分けしてもらうことだったのだ。それがなぜか、付き合うという結果を招いてしまったに過ぎない。


 忍野さんとの馴れ初めとそこから始まったMO2作戦。的場は事情を把握しているが他の二人には話す機会がなかった。せっかくなのでそのへんの事情を踏まえて話してみる。


「や、意味わからんすよ」と高崎。

「なんでそれで付き合えてるんですか」と堀川。

「改めて聞いてもけったいな話だ」と的場。


 三者三様の言葉で疑問を呈してくる。


「正直、僕にもわからん」


 なぜ忍野さんは告白してきたのだろうか。


「ほんとに付き合ってるんですか?」

「付き合ってるは付き合ってるよ」

「じゃあ、付き合ってからなにかしました?」


 やけに突っかかってくる高崎。付き合ってる証拠を示せと迫ってくる。


「いや、そりゃあ色々したよ。まずカレーを食べに行ったり」

「そんなのいつもやってるじゃないですか」

「なんなら僕らとカレー食べた回数の方が多いでしょ」

「俺が一番一緒にカレー食べたよな」


 なんで対抗してこようとするんだ。


「じゃ、じゃあ、映画を見に行った」

「そんなの俺らともよく見てるでしょうが」

「よくアマプラ一緒に見てるじゃないですか。ワイスピとか」

「あ、そういえばドムの恋人が生きてるかもみたいなくだり、まだ見てないじゃないか! 今から見よう」


 一人で見てろ。


「ユニバに行った!」

「ユニバなんて俺らと散々……行ってないっすね」

「ユニバなんて行ったら僕たちは爆発四散してしまう」

「これは付き合ってるわ」


 一緒にユニバに行ったら場の雰囲気に耐えきれず爆発四散してしまう会。それが哀しきカレー愛好会の真実なのである。


 忍野さんとユニバで撮った写真を見せたら3人は平伏していた。


「僕たち付き合ってます」


* * *


 的場の下宿。薄汚れた四畳半にすし詰めになった四人の男たち。


「まあ、でも、これでカレー愛好会も終わりかな」


 空になったグラスを転がしながら、的場が言う。


「なに言ってんすか会長!」


 高崎は的場からグラスを奪い取ってウイスキーを注いだ。


 的場に言われるまでもなく、僕も考えていたことだ。


「僕も、この辺でおしまいだと思うな」

「副会長まで! 酒が足りてないっすよ」


 高崎は僕のグラスにウイスキーを注ごうとしたが、僕のグラスはさっきから満杯のままだった。


「的場が司法試験に受かったことだし、区切りがいいだろう」

「ま、会長は去年で大学修了してますしね」

「おい、堀川まで……」


 堀川は高崎からウイスキーの瓶を奪って自分で注いだ。


「なんだよ、みんなして……」

「お、なんだ泣くのか」

「そういうのは求められてないぞ」

「美少女になってから出直せ」


 こういうとき、最初に泣くやつは負けなのである。


「ちくしょー、ちくしょー」


 高崎はティッシュを大量に使って鼻をかみ、敗北の味を噛みしめることになった。


 高崎の肩を叩きながら、的場は言った。


「まあ、少なくともこうしてダラダラ集えるのも今日が最後だ。だってこの四畳半ともおさらばだからな」


 そう、最早、的場がこの四畳半に住む理由はないのだ。なんなら彼は去年の時点で実家に帰っても良かった。そうしなかったのは僕たちと離れるのが寂しかったから、そう言ったら自惚れすぎているだろうか。


「この四畳半。美しき我々の最後の領地。別れるのは惜しいが仕方がない」


 的場はさわさわと畳をなでながら言った。


「前へ進むべき我々には不要なものだ」


 的場は続ける。


「もう我々の愛したカレー愛好会はない。それは俺たちの心にのみ残り続ける」


 そう、カレー愛好会という砂上の楼閣で、いつまでも踊っていられるのは僕か的場だけだと思っていた。


 その的場が去っていくならば、僕もいつまでも残り続ける意味はないのだ。もちろん、高崎や堀川までも、砂に埋もれさせることはない。


「ここらで終いだ」


 的場が立ち上がり、他の三人もつられて立ち上がる。


「我々の栄えある未来に乾杯!!」


──乾杯!!


 こうしてカレー愛好会はその短い歴史に幕を閉じたのであった。



 



 






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