第6話 キッラキラの目



 相手の動きが緩慢なので、まるで型の練習でもするかのように綺麗なフォームでオークを体を切っていく。


 これでも実際にオークと戦うのは初めてなので、興味半分にオークの斧攻撃を受け止めてみたら、ガキィンという派手な音が辺りに響いた。

 しかしそのわりに、斬撃はまるで紙のような軽さだ。

 

 いくら身体強化も掛けてるとはいえ、これには流石に拍子抜けした。


 王族として成人した2年前からは、もっぱら執務の合間に軽く汗を流す程度の気分転換と化していたが、その時の師・レングラムとの温い鍔ぜり合いとも比べられない程のこの落差。

 思わず鼻で笑いそうだ。


 しかしそれでも、一応が向いている。


 せめて訓練の日々でよく言われていた「もっと速く、もっと鋭く」を意識しながら、左、右、そして後ろ、また振り返って剣で一撃。

 四方八方から躍り出てくる肉たちをバッサバッサと切り捨てていく。

 

 

 一方ひらりと身を翻した時に見えたは、すっかり尊敬に煌めいていた。

 

 あの結界は、オークたちの取り囲みからもうすっかり解放されている。

 その中で、結界ギリギリのところまで身を乗り出して熱心にこちらを観察している。

 

 耳がピピンッ、尻尾がフヨンフヨン。

 その上あの楽しげな顔、あんなの大好物の肉かプリンを前にした時くらいしか見た事無いけど何で今……って、あっまさか?!


「もしかしてアイツ、もう今日の晩飯に心躍らせて?!」


 バサッとまた一体倒しながら、俺は「マジか」と心の中で頭を抱える。


 もしそれであんなにゴキゲンなんだとしたら、ちょっと気持ちがはやり過ぎだ。

 だってオークだってまだ半分残ってるし、出来れば今日この後に、予定通り新エリアでの採集依頼を熟してから街へと戻りたい。


 その後ギルドに完了報告。

 それからだ、ご飯の時間になるのは。


「晩飯を引き合いに出したのは、ちょっとマズったかもしれないな……」


 もし彼女のアレが晩飯を楽しみにしている状態ならば、最悪この後すぐに「帰る」と言い出す可能性がある。

 

「うーん、どうしたもんかなぁ」


 クイナには聞こえない程度の声で、戦闘中とは思えないような呑気なため息が辺りに溶けた。




 結局俺が敵を全て切り捨てたのは、結界から外に出て数分後の事だった。

 

 最後の1体を切り倒し、小さく「『探索せよ』」と唱えたが、周りに敵の反応は0。

 他に驚異の痕跡はない。



 ソレを確認するや否や、使い終わった剣と共に残った亡骸――もとい晩飯の材料を全てバッグに吸い込み、自分の体を見回した。


 怪我が無いのは勿論だけど、汚れも幸い付いていない。

 

「あの悪臭が染みついてたら、多分地獄だったからな」


 ホッと安堵の息を吐きながら、「それにしても」と鼻をスンと鳴らした。

 元凶は全て異空間に閉じ込めたのに、実は未だにあの悪臭が居座っている。

 


 仕方がない。

 そんな気持ちと共に俺は、魔力を静かに練り上げる。

 そして。一言。


「『風よ逆巻け』」


 瞬間。

 俺を中心に、風が空に向かって巻き上がった。 

 草も一瞬、螺旋の模様にサワリと靡く。

 しかしすぐに元に戻って、すっかり俺達が寝こける前の平和な草原が戻って来た。



 目一杯息を吸い込めば、新緑の爽やかな香りが鼻を抜けた。

 やっとホッと胸を撫でおろし、振り返って「クイナ」と呼んでやる。


 すると良い子に座っていた彼女は、許可を受けると同時にタタタッとやって来る。


「アルド、お疲れさまでしたなの!」

「あぁうん、ありがとう」


 ニコニコ笑顔のクイナに対して「何で敬語?」と思いながらも、お返しに「怖くなかったか?」と聞き返す。

 するとクイナは、寝起きの涙目はどこへやら。

 すっかりケロッとした顔で「全然なの!」と元気いっぱいに答えてくれる。

 どうやらトラウマの心配は無さそうだ。


 その様子に安堵して、しかしすぐに思わず苦い顔をした。

 不安要素がまだ一つ残っていた、と思い出したのだ。


「あー、それでな? クイナ」

「どうしたの?」

「その、街に戻る前に今日受けてる採集の依頼、出来れば片付けたいんだけど……」


 もしかしたら駄々を捏ねられるかも。

 そんな覚悟で聞いたんだが、クイナはあっけらかんと言う。


「うんなの! クイナ、頑張るの!」


 抵抗どころかやる気に満ちたその声に、俺は思わず拍子抜けというか何というか。

 ちょっと困惑してしまったが、よく考えれば反対されない方が良い。

 この反応で別に俺が困る事なんて何も無いじゃないか。

 

 そう思い直しつつ、まだちょっと動揺する頭で「じゃ、じゃぁ行くか」とクイナに言う。

 すると元気な「レッツゴーなのー!」が返された。



 という訳で、俺達は2人、まだ見ぬ採集場を再び目指して歩き出したのだが。


 ――何でクイナ、あの時あんな目になってたんだろ?


 その答えは、結局分からず終いだった。


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