辞書のある暮らしの食生活(無人島編)

清水らくは

1【なす】~【なでが】

 朝が来た。

 人は朝が来ると起きる。その当たり前のことを最近よく実感する。

 なぜなら、ここは無人島なのだ。

 漂着して、十日になる。入り江に洞窟になっている場所があり、雨風はしのげている。ただ、飲食には苦労している。この島はごつごつとした岩がほとんどで、あまり植物が生えていない。そのため草食動物もほぼいない。海鳥がそこそこいるが、今のところ捕まえられていない。卵を幾つかとって、殻を外に出して雨水を貯められるようにした。

 魚は豊富にいるし、蟹や貝も獲ることができた。飢え死ぬということはなさそうだが、栄養の偏りから病気で死ぬ気がする。

 全く、何でこんなことになったのだろう。

 漁に出るときには快晴だった。それがあっという間に嵐になり、沖まで流されてしまった。そこからはなすすべがなく、島の岸壁に当たって船が大破し、なんとかこの島に上陸したのである。

 幸いにも漁の道具は無事だった。釣竿や網、包丁があった。ただ、服は着てきたものだけだ。

 漁師になって三年になるが、いろいろ教わった中に無人島での生き方は含まれていなかった。

 いつか帰れるだろうか。船は大破してしまった。流木などはあるが、島にあるものだけで荒波を越えられるような船が作れるとは思えない。

 なんかいいものでも漂着していないか。毎朝期待して海岸線を捜索する。島の中で手に入るものは限られているため、何かが外から来るのを期待するしかない。

 だいたいは空振りに終わる。のだが今日は、岩の間に光る四角いものが見つかった。何とか下りていき、手を伸ばす。それは、小さな鉄の箱だった。番号の鍵がかかっていて、金庫のようでもある。

 これはなんかいいものだ。そう思い、洞窟のねぐらまで持ち帰る。番号は四桁だ。素早く盗む人には効果があるだろうが、こちらは時間が有り余っている人間である。0000から順番に数字を回していく。

 太陽はすでに西へと傾き始めていた。かちゃり、と音がして鍵が開いた。そのまま、勢い行くふたを開ける。

「……辞書?」

 中に入っていたのは、赤くて分厚い国語辞典だった。まあ、金目のものがあっても役に立たないので、何を期待していたわけではないのだけれど。しかしなんで辞書が金庫に?

 考えてみると、漂着してから何一つ読んでいない。生活の知恵とかは載っていないだろうけれど、暇つぶしにはなるかもしれない。

「見て見るか」

 適当にページを開く。

「茄子! 食べてないなあ」

 ページ最初の単語は、【茄子】だった。食べ物になったのは偶然だろうか。

「ん?」

 視界の端に紫色のものが映り、辞書から視線を動かす。すると、何とそこには一本のみずみずしい茄子があった。

「え? は?」

 そんなものは絶対に今までなかった。手に取ってみる。ちゃんとある。

「これ……そういうの?」

 まさかと思い、試してみる。

「ナッツ」

 一瞬白い煙が現れ、その後数粒の豆が現れた。

「少な! 他には……夏みかん」

 今度は、丸々とした夏みかんが。間違いない、これはモノを取り寄せる辞書だ!

 開いたページの中に、役に立ちそうなものがないか探す。

「これあると便利だ。なた」

 しかし、今度は何も起こらなかった。

「夏着」

 なにも現れない。

「あーれー。じゃあ、菜っ葉」

 緑色の菜っ葉が現れた。

「食料限定?」

 試すために、ページをめくる。

「七色唐辛子。しちみのことか」

 現れなかった。このページにはもう、食べ物は見当たらない。

 前のページに戻る。

「納豆」

 藁に包まれた納豆が出現。

「2ページ限定なのか……?」

 何らかの便利なアイテムであることは間違いないが、何でも出てくるわけではないらしい。今のところ、開いた2ページ内の食べ物だけが出てきた。

「茄子」

 もう一度出てくるか試したが、無理だった。

「まあとりあえず……食うか」

 とりあえずナッツ一粒を口に放り込み、火をおこす。火がついたら、茄子を焼く。納豆は手で混ぜる。本日の食事はこれだ!


本日の辞書めし

・ナッツ数粒

・焼き茄子

・手ごね納豆


 満腹というわけにはいかなかったが、久々に島のもの以外を食べてとても満足だった。とはいえ、同じものは二回は手に入れられず、違うページも無理らしい。ひょっとして一回使ったら終わりの魔法なのだろうか? だとしたらラーメンとかが良かったな……

 

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