第23話 残念なことがありました

 アクシデント付きのお出かけから五日後。


「アシーナ、紹介したい人がいるんだ」


「はい」


 昼食が終わり、メルさん自慢の花が咲き誇る中庭の一角でお茶を飲んでいる所に、一人の女性騎士を伴って訪れた。

 

「彼女は、騎士アンジェ・フロー。今日からアシーナの護衛をしてくれる」


 ほとんど外出なんかしないのだけど……


「よろしくね。アンジェ」


「誠心誠意、お支えさせていただきます」


 キリッとした立ち姿のアンジェは、茶色の長い髪を一つにまとめている。


「アンジェには家族がもういないんだ」


「なので、私は何処へなりともお供します。今後もずっと奥様をお護りしますので」


 もしかして、ずっととは、離婚してからもってことかな。


 そのつもりで、メルさんも選んだのかな。


 気を使わせてしまったなぁ。


「頼りにさせてね。アンジェ」


「はい。お任せ下さい」


 伯爵家に保護されてから、私の周りには優しい人達しかいない。


 今の生活は、あと残り10ヶ月も満たない時間で終わる。


 それが寂しいと思うのは、自分を取り巻く環境を守りたいだけなのか、それとも、別の大切なものを手放したくないと思っているのか。


 私にしては難しい事を考えたところで、簡単には答えが出ない。


 自分の中で悩むことはありながらも、マナーレッスンや、ダンスの練習をすれば二ヶ月なんかあっという間だった。


 大規模な舞踏会に参加するにあたり、それが初めてのこととなるので、メルさんに恥をかかせてはならないと、たくさん準備した。


 それなのに、とても楽しみにしていたのに、楽しみにしすぎたせいか、当日になって熱を出して寝込んでしまっていた。


「ごめんなさい……せっかく……なのに、ごめんなさい……」


 熱に浮かされ、頭がガンガンと痛む中、うわ言のように何度も繰り返す。


「仕方がないことだよ。謝らないで。舞踏会はまだあともう一回あるのだし。そうだ!お祖父様の家のお茶会に行くことだってできるよ。元気になったら、今度はお茶会用のドレスを買いに行こう」


 ベッドの中で泣く私を、メルさんはずっと付き添って慰めてくれた。


 メルさんだけでも参加することはできたのに。


 朝までずっとずっと付き添ってくれた。


 朝を迎える頃には、体調不良で頭はぼーっとするけど、気持ちは随分と楽になっていた。


 残念で悲しいと思う気持ちよりも、メルさんの気遣いが嬉しいと。


 顔を横に向けると、ベッドサイドで突っ伏すようにメルさんは寝ていた。


 腕を組んで枕がわりにしているから、その腕にキティがぴったりと寄り添っている。


 寒くなかったのかな。


「メルキオールさん?」


「はっ!あ……あ、ごめん、起きてたんだね。具合はどう?」


 声をかけた途端に体を起こしたメルさんは、ゴシゴシと口元を拭きながら私に尋ねた。


「まだ、調子は悪いですが、昨日よりは楽になりました。メルキオールさんこそ、疲れていませんか?私は横になっていれば大丈夫なので、メルキオールさんこそ休んでください」


「これくらい平気だよ。着替えた方がさっぱりするね。リゼを呼んでくるから、待ってて」


 部屋から出て行くメルさんを見送ると、廊下で多くの人が動く気配を感じた。


 みんなに心配をかけたようだ。


 ふうっと、息を吐き出す。


 昨日は残念だったけど、でも今はしっかりと休んで、体調を戻して、半年後の舞踏会に今度こそ参加するんだ。


 布団の中で誓ったことだ。


 私が完治したのは、この日からさらに二日後のことだった。




 それからの半年は、私にとっては無意味なものは何一つ無かった。


 楽しい事ばかりだったと言える。


 毎朝メルさんと一緒に食事の席について、午前中は植物園でメルさんのお手伝いをし、午後は自分の学びの時間で、学校で学べなかったことを家庭教師に教えてもらった。


 メルさんが言った通りに、ヨハネス様のお家のお茶会にも参加した。


 大きな変化が無い、平穏な毎日が心地よかった。






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