将来の夢
お昼を食べて、さらにキャラチョコの練習をしたが、やりすぎてもいけない。手首を痛めてしまっては、覚えている内に復習もできなくなる。
だから夕方になる前に切り上げ、笹森家を後にした。
ご両親からは『またおいで』と笑顔で見送られ、爽やかくんからは『写真、谷川さんにも送っておきますね』と言われた。なぜ? と思ったが、好きな男が映っているなら喜ぶかと考え直し、頷いておいた。
「ずっと練習に付き合ってくれてありがとう」
笹森さんは2人になりたいからと、途中まで送ってくれている。
「笹森さんと一緒にチョコを作るの、すごく楽しかった。だから、俺の方こそありがとう」
学校の行事なんかで協力する事はある。
だけど、こんなに夢中になったのは初めてかもしれない。
好きな人と一緒にっていう理由もあるんだろうが、純粋にチョコ作りが楽しかった。
「私も。谷川くんとなら、ずっとこうしていられるなって、思った」
オレンジ色に染まり始めた笹森さんが、微笑んでくれる。
だからか、はっきりと目標が浮かんだ。
「あのさ、変な事、言っていい?」
「変な事?」
きょとんとした顔になった笹森さんに、俺は今日の幸福感に包まれたまま、喋る。
「俺さ、笹森さんと一緒に、チョコ作りしつ続けたい。全然努力してないけど、今からでも、俺も頑張ろうって思った。だから、お菓子作りの勉強する。なんて、将来の夢をいきなり話したけど、笹森さんの夢は自由だからな」
笹森さんのお父さんが『魔法』と褒めてくれたのも、理由のひとつだ。でも言葉にすれば、夢が決まった。将来の夢はぼんやりしたものだったのに。
でも、笹森さんが立ち止まって、俺も少し冷静になった。
「ごめん。いきなりなに言ってんだろうな」
「ちっ、違くて!!」
びっくりするぐらい大きな声を出した笹森さんが、スマホを取り出して急いで操作する。
それがこちらに向けられれば、『フードクリエイト学科・ショコラ専攻』の文字が目に入る。
「私ね、チョコを作る練習をしてたら、すごく楽しくて。谷川くんの事、ずっと考えながら作っていたからなんだと思うの。それだけでもいいって、思ってた……」
声が震え、笹森さんの目元がキラキラと輝き始めた。その雫を拭い、彼女が俺をしっかりと見る。
「でもね、一緒に夢を叶えられるなら、叶えたい。まだどうなるかなんてわからないけれど、私はショコラティエを目指したい」
まさか笹森さんがそこまでの考えに至っていたとは思わなかった。
でも、いきなり将来の夢を決めた俺の背中を押すには十分すぎるほどの、力強い言葉だった。
「夢、決まったな。なら、全力で頑張るだけだ。今日からは、一緒に」
「うん!」
彼女になる前に戦友を見つけたようで、笹森さんの存在が頼もしく思えた。
夢みたいな1日だったが、ここからがスタートだ。それを胸に刻むように、俺達は立ち止まったまま、しばらく話し続けた。
***
「おにい、大成功だったみたいだね!」
帰ってきてすぐに、妹に俺の部屋へ連れて行かれた。向き合って座らせられ、今日撮った写真を見せられた。
だいぶ心配させたし、爽やかくんも事情を知っていたから写真を妹にも送ったのだろうと、今になって気付く。
「手土産とかの相談にも乗ってくれてありがとな。でもやっぱ今日は疲れたから――」
1人にしてくれと言おうとしたが、はっとする。
「お前さ、爽やかくんのチョコ、どーすんだよ?」
「へっ? 作るけど?」
「練習しなくていいのか?」
「まだ時間あるし、大丈夫っしょ!」
「あのさ、笹森さんですら練習してるし、お前もそろそろ始めた方がいいんじゃないか?」
「そりゃあお義姉さんが作るのは難しいばめ――」
ん?
妹はどうやら笹森さんが作るチョコの詳細を知っていそうだが、大きく目を見開いて両手で口を押さえた。
「なにしてんだ?」
「言わざる!」
「そうか、猿の真似か」
「そうだけど、そうじゃないー!!」
なにか言いたげだが、話が逸れそうなので触れないでおく。
「笹森さんのチョコはバレンタインになればわかるからいいとして、問題はお前だよ。どんなチョコにするんだ?」
「ふふーん! 地球です!」
「は? 地球?」
「実はね、あたしの読書感想文読んで感動してくれたんだ、爽やかくんが! だからね、宇宙飛行士目指すんだって!」
まじか!!
そんな風に夢を決めてしまうのが爽やかくんらしくて、絶句する。たぶんだが、彼はやり遂げる気がする。
「あたしはその夢を応援するから、地球儀みたいな立体チョコ作るんだー!」
「お、おう。そうか、頑張れよ……」
それ、俺も巻き込まれるんじゃ……。
爽やかくんの夢を知った動揺が誤魔化せないが、肝心な事に気付く。
だから、声のトーンを落として伝える。
「でもな、爽やかくん、お前がもうチョコ作りの練習してるって思ってるから、早めに始めろよ?」
「うそっ!?」
バン! と俺のテーブルを叩き、妹が立ち上がる。
「おにい、練習手伝って!」
「まぁ、いいけど……」
「やった!」
今からなら時間もあるし、なにより俺の練習にもなる。でも、渋々了承したフリをしておく。そうしなきゃ、妹は頼りっぱなしになるだろうから。
「じゃあ準備するものとかはあたしが調べておくから、今度のお休みから付き合って!」
「おー」
俺も調べとくか。
妹にアドバイスできるかもしれないので、俺も俺でこっそり動くとしよう。そう決めれば、妹が部屋を出て行こうとする。それを、俺が止めた。
「あのさ、お前は将来の夢って、あるの?」
自分の夢が決まったからだろう。いきなり尋ねてしまったのは。
でも、妹は良い笑顔を浮かべた。
「あるよ! あのね、物語を書いてみよっかなって、思ってる」
「物語?」
「あたしの読書感想文を読んで、爽やかくんが『どんな世界があると思う?』って聞いてくれたから、想像できるものをメモし始めたんだ。それを話していくうちに、物語にできるかもしれないって思ったんだよね。爽やかくんも読んでみたいって言ってくれたし、ちょっとずつ書き始めてる」
妹も知らない間に、夢ができていた。俺よりも先になんて、すごいな。大きくなったんだなと実感しながらも、妹の話をちゃんと受け止めてくれる爽やかくんとはやはりお似合いだなと、改めて思う。
だから俺も、お兄ちゃんとして背中を押す。
「ちょっとずつ書き始めてる段階で、もう物語を書く人になってんだよ。だからお前らしく、書き続ければいいよ。俺も、読める日を楽しみにしてるから」
「えへへ。うん。頑張るね!」
顔を赤くした妹が、照れながら笑う。
そんな姿に俺が励まされる。
きっと、楽しい事だけじゃない。それを知って初めて、大人になるのかもしれない。
だから、どんな時でも妹の味方でいようと決めた。
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