10.犯人はお前だ!……と言いたかった

「ランディ君、まずは状況を整理しよう」

「急に探偵になりきるのやめて?」

 ノリが悪いなぁ。マトリックスから渡された調査用資料を見ながら、ミステリーの世界にひたるの楽しいぞ?


 俺たちのやり取りを見て不審な顔になったマトリックスを何とか誤魔化して、俺たちは借りている部屋に戻ってきた。そして、現在、捜査会議を開始したところである。

 ……やば、これじゃ、探偵じゃなくて警察もの? まあ、それもいいかもしれない。俺は警部役ね!


「コマンティ君の家に藁の化け物wwが現れたのは、昨日の夜」

「化け物に草生やすな」

「藁の化け物wwって呼ぶのは長いので、ここでは藁笑わらわら様と呼ぶことにする」

「なんでその呼称をチョイスした?」

 いちいちうるさいな! 呼びやすいでしょ、この名前!


「コマンティ君は、街でも藁笑様に遭遇していた。その時は警邏隊に討伐を依頼したものの、相手にされなかったため断念」

「ルイの感想は?」

「警邏隊が相手にしなくて良かったぁ~。俺様、前科者になるところだったぜ!」

「正直者でよろしい。今後は気をつけような」

「はーい」

 素直って大事。無事、無罪放免。


「その後、帰宅したコマンティ君は、周りの使用人らに被害を訴えるも、誰も信じてくれず不貞腐れた」

「そりゃあ、藁笑様なんて信じる大人いないよな、は」

 何故、普通を強調した? 藁笑様を生み出した俺の思考が普通じゃないとでも?


「……苛立ちが募ったコマンティ君は、いつものように周囲に当たり散らし、勉強もサボる始末」

「元々駄目な子だったのか」

「というか、この証言、本人がしたものなの? よく自分で『いつものように当たり散らして、勉強サボった』とか言えるよね」

「そこは聞き手のまとめ方によるものじゃないか? 侍従にも話聞いているみたいだし」

 おい、俺が話す前に続きを読むな!


「……義務の全てを放棄して、夕食を終えたコマンティ君が部屋に戻ろうとしたとき、廊下の奥から現れたのは……そう、藁笑様だった!」

「そこが盛り上がりどころだったのか」

「驚いてよ」

「どう考えても無理だろ」

 静かな攻防。やっぱりランディはノリが悪い!


「藁笑様は叫んだ。『悪い子はいませんかー!』と。コマンティ君も叫んだ。『なんか、街で会ったのと違う!』と」

「これは、笑う……!」

 本気で爆笑しているランディ。俺、ランディの笑いのツボをまだ理解しきれてないの。


「藁笑様から逃げて部屋に戻ったコマンティ君は思った。藁笑様は進化している、と。このまま進化し続けると、まるで人間のように振る舞い始め、人間社会を侵食していくのではないか、と」

「想、像、力、は、……っ豊か、だな!」

 ランディ笑いすぎでしょ。喋るの苦しそうじゃん。俺、今までこんなにランディを笑かしたことなかった……。


「概要はここまでだ。さて、この時点での容疑者を考えよう」

「ルイ」

「なに?」

「呼んだんじゃない。容疑者がルイ」

「違うって言ったジャーン! 信じてほしいんジャーン!」

 まだ疑っていたのか、こやつめ!


「まあ、それは冗談で。普通に考えて、藁笑様の仮装を買った奴が容疑者じゃねぇの」

「金払いのいい変態紳士」

「それな」

「……でも、なんか違う気がするんだよなぁ」

 小骨が喉に引っ掛かったような違和感がある。


「ふーん……。確かに俺も違和感がある。そもそもこの藁笑様は何を目的にコマンティ君を脅かしたんだ?」

 ランディの言葉で、何かが分かりそうになった。


「目的……。それはやっぱり、周りに八つ当たりしたり、勉強サボったりして、悪い子なコマンティ君を懲らしめるためだろ」

「だよな」

 静かに思考を巡らせる。資料を最初から読み直し、ある人の証言に目を止めた。


「藁笑様が藁笑様を見ることはできない……」

 顎を指先で摘まみ、ニヤリと笑う。謎は全て解けた!


「なんで今、カッコつけた?」

「探偵なので」

「まだ、ロールプレイング続いていたのか」

「もちろん、午後の解決編まで続くよ!」

「うっわー、めんどくせー」

 もっとノってよ、ランディ君。きみは優秀な助手だろ!?


***


 そんなこんなでやって来ました、コマンティ君の家。山あり谷ありで大変な道のりでした。嘘です。お迎えの馬車が来てくれて快適でした。


「……お前の正装、初めて見たな」

「麗しかろう?」

 えっへん。ルイちゃん、初めて浄化師の正装を着てるの。お偉いさんのお宅訪問だからね。真っ白な長いローブに金の刺繍が神々しいよ! ローブの下も真っ白なワンピースなのよ。レースが可愛いけど、マジ汚れが目立つ。ウェディングドレスかよ。動きづらいし、つらたん。


「正装のときは、さすがに猫被れよ」

「猫じゃ足りんわ、虎を用意せよ」

「確かに」

 納得するのも酷い。けど、反論できぬ。


「虎の威を貸してやってもいいぞ、狐くん」

「そもそもそれはお前が借りた被り物だろ? 又貸しは不可」

「……くっ、面白い返しを思いつかなかった!」

「勝ったー?」

「負けたー?」

 マジで内容がないよう、この会話。応接室に通されたんだけど、コマンティ君まだー?

 部屋の隅でお腹押さえて震えているメイドさん。笑いのツボが浅いね。ここは潔く声だして笑えばいいよ。まだ、俺らしかいないしね。


「やあ、待たせしてしまってすまないね」

 ノックの後、部屋に入ってきたのはグレイヘアーの紳士。コマンティ君は、壮年の男性だった……?


「あ、貴方は、街で出会った変た、ッグフ」

「虎被り忘れてるぞ」

 ランディの拳が腹に襲いかかってきたんだが。さすがに吐くぞ。今日の昼飯がなんだったか確認できるな。


「ヘンタ……? よく分からんが、君と会うのは二度目だな。私は街長のフレンディ。あの仮装を売ってくれた君が浄化師だったとは、驚きだ」

 全然驚いている感じに見えませんけど?


「つまり、やっぱり、これは、出来レース!」

「ルイ、ちょっとの間、良い子にしてような」

「できれーす?」

 ランディの顔が怖いよぅ。でも、街長のキョトン顔はなんかイイ! おじさん萌えが芽生えてしまったかもしれない。


「ごほんっ。わたくし、浄化師のルイと申します。本日はご子息のご依頼を受けて参りました」

「こわっ、虎被りモード凄いな」

「ランディさん?」

 俺の頑張りを台無しにしないで? 既に台無しとか、そんな現実はなかった、いいね?


「ああ、勿論、迎えを出したのは私だし、承知しているよ。その上で、君たちに頼みがあって、息子より先に会いに来たんだ」

「頼み?」

 ねぇ、やっぱりこれ面倒事でしょ? 助けて、マトリックスー!



***



 俺に話すだけ話して、「よろしく」と爽やかな笑顔で言って立ち去った街長め。ダンディできゅんとしたのは内緒です。


「どうするかな~」

「マジでどうすんの」

 コマンティ君がやって来るまで応接室で頭を抱える。


 街長の依頼は、息子の性格を矯正きょうせいすることだった。藁笑様の仮装に恐れを抱く息子の姿を街で偶然見かけた街長は、息子の矯正に使えると思って仮装を購入したらしい。それを息子の侍従に託し、使わせた。


「俺の推理通りだったのに。俺の推理パートを取り上げるなよ! カッコつけポイントだぞ!」

「抗議する部分が致命的におかしい」

 つまり、藁笑様の中身は、上司に命令された涙目侍従だったのだ。


 調査用資料に、邸宅内での侍従の藁笑様目撃情報がなかったのが不思議だったんだよね。侍従って、主人と四六時中一緒にいるもんじゃないの? 街でも一応傍にいたんだよ。俺は存在を無視してたけど。女の子がいじめられてる現場で、狼狽ろうばいしてるだけの大人は視界に入らんのだ!


「コマンティ君の性格矯正かぁ。俺に何ができるって言うんだよ。そもそも俺は浄化師であって、矯正師じゃねぇわ」

 藁笑様仮装のアイディア性を高く評価したらしい街長は、俺にコマンティ君を良い子にさせる秘策を頼んできたのだ。それ、なんて難題。


「そう言いつつ、良い笑顔で前金を受け取ったのは誰だ?」

「これは、聖教会への寄付金であって、前金ではない!」

「そんな分かりやすい建前、信じるなよ」

「でも、お金は大事……。それに、息子を矯正できなかったところで、罰金はないし、返金の義務もない! 俺は聖教会に褒められることしかしていない!」

 この金は誰にも渡さない!


「聖教会への申告と引き渡しはちゃんとしろよ」

「くっ、短い命か、俺の金……」

「お前の金じゃねぇって」

 ランディと遊んでいたら、漸くドアがノックされた。今度こそコマンティ君かな。


「よく来たな、下民げみんども!」

「あ、今から帰りまーす」

「は!?」

 こんなクソガキの矯正なんて無理よ! 敵前逃亡、どうぞ非難して。俺は名誉より精神の安らぎをとる!

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