8.可能性は∞

「これは……、また、凄いものを持ち込みましたね」

「であろう?」

「本当に分かっているんですか、この価値を?」

「激やばっすね」


 聖教会の浄化師専用口座の受付所に着いたら、マトリックスが待ち受けていたんだが、なんでだ。本当に千里眼持ちなんじゃないか? さもなくば、一日中俺を待ち構えていた暇人――。


「私が何か?」

「イイエ、ナンデモアリマセン」

「あの……何が問題になっているんだか、分からないんだがね……」

 何故、パッパカリはそんなに遠慮がちなのか。権力に負けてはいかんぞよ!


「このヘンテコな物体は――」

「銃って呼べ」

 銃様をヘンテコ呼ばわりとは何事ぞ!? ……何故マトリックスもランディもため息ついてるの?


「……銃は、浄化の力を溜め込んでいます。これ自体が浄化結界のいしずえになることもできますし、もしかしたら、浄化師の補助道具になるかもしれません」

 え? もっと重要なことがあるだろう? まさか気づいていないのか?


「だが、使っている浄化鉄の量を考えたら、浄化結界ほどの出力は望めないと思うんだがね」

「確かにその通りですね。浄化結界用の結界石は、長年の研究により効果効率が上がるよう、絶妙な配分で作られていますから。ですから、私はこれを溶かして、浄化鉄としての利用をおすすめ――」

「それはダメに決まっている! これは既に俺の物!」

 マトリックスめ、なんという提案をしてくるのか。それにさもありなんと肩を竦めるランディよ、裏切り者!


「ですが、ルイ様もご存じでしょう? 浄化鉄の採掘量が少ないせいで、浄化結界を張れず、穢れの脅威に常に怯えなければならない地域はまだたくさんあるんですよ?」

「それは浄化師が辺境に駐在したがらないのが大きな理由だとも知っているぞ。浄化師がいなければ、結界石が有っても意味がない。浄化の力を籠めた結界石を遠くから運ぶにしても、移動の最中に減衰していく浄化の力を考えると現実的な話ではない。つまり、浄化結界が張れないのは浄化師の問題であって、銃から少ない浄化鉄を得ようというのは、何の解決策にもならない。良心に訴えかけて俺から銃を取り上げようとは、酷いヤツめ!」

 激おこプンプン。膨らんだ頬をランディにつつかれて、プスッと間抜けな音がした。

 なんで雰囲気壊すことするのかな!?


「……ですが、こんな玩具に貴重な金属を使うなんて」

「俺が使うんだから、玩具じゃないよ!」

「使う?」

 全く意味が分からないと言いたげなマトリックスに、こっちはやれやれと呆れてしまう。なんで気づかないのか。


「これは銃だ。本来は銃弾を放つ武器だ」

「……弓矢とか投石機みたいなものですかね」

 何故半信半疑な表情なのか。銃や火薬の概念を知らない人間に説明するのが、これ程難しいとは思わなかった。


「この銃は浄化の力を溜め込む性質を持つが故に、浄化師に新たな可能性を生み出した」

「ルイ、そんな重々しい話し方できたんだな」

「茶化すな、ランディ。俺は今まで生きてきた中で最も真剣に話をしている」

「……了解」

 素直でよろしい。


「教えてやろう、マトリックス。この銃を使うとな、穢れを一撃で仕留められるはずだ」

「は?」

「本来穢れをはらうには持続的な行使が必要だ。それは何故か。浄化の力は浄化師を中心に周囲に拡散するからだ。一点だけに集中して作用させることができず、ほとんどの浄化の力は無駄になる」

 生じた穢れに対して何十倍もの浄化の力がないと穢れを消し去ることができないため、時間がかかるのだ。


「それはもちろん知っていますが?」

「穢れは命有るものを取り込むと、その生命力を燃料に活性化し増幅する。その勢いは浄化師による浄化スピードを超える。その結果、穢れに襲われた者への対処法がどうなるかも、マトリックスはもちろん知っているよな?」

「……もちろん。まずは穢れにかれた者の命をち、燃料を無くした上で、浄化師により浄化します」


 これが、穢れ対処で最も恐れられている部分なのだ。現状、一度穢れに憑かれれば、まだ意思が有る者であろうとも、周囲の者による瞬時の必殺が義務付けられている。

 そうしなければ時間が経てば経つほどに、穢れは増大し、多くの人に憑いて命を取り込んでいく。被害者が加速度的に増えることになるのだ。穢れに憑かれた者で、生き残った者は一人もいない。穢れに殺されるのか、人間に殺されるのか。

 だが、意思ある親しい人を殺さなければならない苦しみがいかほどか、想像はかたくない。


「この銃は、浄化の力を一点に集中して撃てる可能性がある」

「っ、そんな武器、聞いたことがありません!」

「まあ、そこは、イメージとか、概念とかの問題が……」

「何を言っているんです?」

「とにかく! 銃は一点に向けて浄化の力を放つ。それに加えて、銃自体にある程度浄化の力を溜めることができるため、より高い威力にできる可能性があるんだ!」

 説明が難しいところを曖昧にしてしまったが、ちゃんと伝わっただろうか。


 聞いていたマトリックスは勿論、ランディやパッパカリも真剣な表情で考え込んでいる。パッパカリは特に、自分が作ったものがそれ程大事になるものだと思っていなかったのか、若干血の気が引いて見える。

 だが、俺の言っていることが立証されれば、今後の穢れ対策に大きな希望が生まれ、多くの人間が喜ぶはずだ。


「……もし、本当に貴女が言った通りになるなら、その銃は浄化師に必須の道具となるでしょうね」

「その通り」

 マトリックスの様子を見て、俺はようやく本題に入れると確信した。そう、ここまでの話は、全て俺の提案を受け入れてもらうための前段階でしかなかったのだ。


「だからね、この銃、浄化の旅路用経費で落としていい!?」

「は?」

「だって、この銃高いんだもん」

 てへぺろ。経費で落としたら、俺の貯金が守られる!

「お前が真剣だった理由はそこなのか……」

 ランディよ、何故そんなに脱力しているのか。

「もちろん世間にとっての今後の希望のため、っていう大義名分もあるよ?」

「大義名分って、自分で言っちゃうのか」

「あ、間違えた! 世のため人のため、ルイは真剣になっていたのです!」

「今さら訂正してももう遅いっつうの」

 俺ってば、正直者なばっかりに、取り繕いが下手でしたなぁ。


「……いいでしょう」

 マトリックスが重々しく言う。

「マジか!?」

「え、そんなにすんなり経費申請通しちゃっていいですか?」

 おい。こんな喜ばしいことに水を差すな。


「ですが、条件があります」

「条件?」

「ええ。貴女の提唱した理論は実現すれば、世界が一変するような素晴らしいものです。ですが、現時点では机上の空論と言わざるを得ない」

「……空論言うな。浄化師の感覚的にはできそうなんだよ!」

 小声で反論するが、マトリックスに意に介した様子はない。やはり強敵である。


「貴女に課題を出します。その銃を使って、穢れを浄化してみてください。そのレポートを作成していただき、聖教会本部に判断を仰ぎます」

「めっちゃ時間かかるヤツやん……」

 うへぇ、めんどくさいことになったぞ。

「……それ絶対俺も頑張んなきゃいけないヤツじゃん」

「当たり前だろ、護衛君。さあ、俺の貯金を守るため、穢れを狩りに行こうじゃないか!」

「……せめて、世の中のためっていう建前を全面に出してくれ」

 なんでもう、そんなに疲れているのだ、ランディ。穢れ退治を実際にするのは俺なんだが。


「ってか、穢れは街の中にはいないよな?」

「おふこーす!」

「……つまり、魔物が彷徨うろつく外を、穢れ探しに行くわけだな?」

「いぇっさー!」

「俺の仕事多すぎない??」

 魔物退治と道案内、俺の護衛、レポート作成くらいだろ? ランディならいけるいける!

 にっこり笑ってランディの肩を叩く。

「ドンマイ!」

「……マトリックスさん、助けて!」

「追加の護衛を用意しておきます。こんな人でも、浄化師は貴重な人材なので」

 こんな人とか酷くない?

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