十六話 おにぎり採集

「よし、じゃあ門を通って草原へ向かおう」

「……今から草原に行っても日が暮れそうですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。勇者はこういう小規模な依頼を受けると時間が捻じ曲がって日が暮れなくなるんだ。だから午前に行っても午後に行っても最終的には一緒になる」

「そんな依頼ごときで時間が捻じ曲がるわけないでしょうが。どういう原理でそうなるっていうんですか」


 依頼で時間が捻じ曲がるのが事実かどうかはさておいて、ルイス達は依頼を受けてすぐに都市を守る門番へ外出許可を貰いギリオーイ草原の方向へと向かう事にした。


「おっと、ギリオーイ草原に向かうのかい、少年達」

「あぁ。ちょっとおにぎりを採集しに行くんだ」

「気を付けたまえよ。ギリオーイ草原は魔物が弱いとはいえ、群れで出てくると面倒になる。危なくなったらすぐにおにぎりを食べるんだぞ」

「なるほど、忠告感謝する。危なくなったらすぐおにぎりを食べるよう気を付ける」

「そこでの忠告は普通『逃げろ』でしょ……。なんで危険時にのんびりおにぎり食べるのを薦めてるの……」


 二人は門番にギルドカードを見せて許可を貰う。門番からの忠告がおにぎりに寄っていた物の、何事も問題なく都市の外に出ることができた。


 外は最初こそのどかな風景だったが、指定された地帯に近づくにつれてだんだん白いおにぎりが地面に転がっている異様な光景が見えてくるようになった。


「うわぁマジでおにぎりが大量に転がってる。誰が捨てたんだこれ……。というか都市で売ってる土くれおにぎりよりこっちの方が普通の形じゃん……」

「この中からできるだけ良質なおにぎりを探さないとな。不良品だと評価は下がるだろう」

「土くれよりマシとはいえ、地面に転がってる時点で良質から外れていると思いますけど」


 採集対象を見つけたとはいえ、これでは数が多い。それに質が悪い物を持っていってもおにぎり士としての評価は上がらないだろう。なのでルイスは作業速度を上げるため、魔法を使う事にした。


「≪第七おにぎり魔導:おにぎりサーチ≫……」

「第七おにぎり魔導:おにぎりサーチってなんだよ」


 ……『第七おにぎり魔法:おにぎりサーチ』とは、空気中にあるおにぎり素をおにぎりエンチャントで解析して周囲に発せられるおにぎり波動に変える事で半径一おにぎりキロの範囲に渡っておにぎりを……と説明しても何も分からないだろう。まぁ、要するに周囲にある質のいいおにぎりを探す魔法である。


「これでランクの高いおにぎりが採集しやすくなるぞ。ほら、俺の手元のおにぎりに赤い印が投影されているだろう? これが周囲にある質のいいおにぎりの位置だ」

「なんで手元のおにぎりに投影するんだ……。地図にでも投影すればいいじゃん……」

「地図もどうせ薄いおにぎりでできてるんだから、普通のおにぎりに投影しても同じことだろう?」

「その理論は納得できない」


 よく分からない魔法を使った結果、ルイスがいつの間にやら手元に持っていたおにぎりに赤い印が投影されるようになった。はた目から見るとちょっとグロテスクなおにぎりにも見えて気持ち悪い。


「よし、これを元におにぎりを拾っていって……。むっ」

「? どうしたんですルイス様」

「気を付けろプリマリア。おにぎりサーチが魔物の気配を察知した。近くにある森の方から魔物が来るだろうから、念のため隠れられる場所を探そう」

「おにぎり探す魔法なのになんで魔物の察知ができるんだろう……」


 プリマリアは首をかしげたが、ルイスが言うには近くにある森から魔物がやってくるようだ。なので二人は近くにある巨大なおにぎりの影に隠れて、少し様子を見ることにした。


「いや、二人が隠れられるほど巨大なおにぎりってなんなの? なんでこんなのが草原のど真ん中にあるの?」

「静かに、プリマリア。魔物が来るぞ」


 思わずツッコミを入れてしまったプリマリアをルイスがなだめる。

 そうこうしているうちに、森の中から草原へと真っ白な毛皮に覆われたオオカミが数体現れた。


「あれは……フォレストウルフですか? 千年前にもいた魔物ですよね」

「いや。似ているが別種だろう。あれはおにぎりウルフだ」

「ルイス様、なんでもかんでもおにぎり付ければ許されると思ってません!?」


 現れたのは、森の狩人として名高いフォレストウルフと言う名の魔物……ではなく、おにぎりウルフであった。おにぎりネタの乱発に、プリマリアはそろそろうんざりしている。


「おにぎりウルフはおにぎりを狩る獣として名高い危険な魔物だ。会えばおにぎりだけを全て食い尽くされてしまう」

「おにぎりだけで気が済むなら大分危険性が低いと思いますが」

「とにかく危ないから、俺が倒してくる。おにぎりを投げれば一発だろう」

「ルイス様、おにぎり以外にも剣とか武器使えたはずでしょ。それで倒せばいいでしょうに」


 ルイスは巨大おにぎりの影から、手元にあるおにぎりをおにぎり溢れる草原にたむろするおにぎりウルフに投げつける隙を伺い始める。なんかだんだん文章中のおにぎり登場率が上がっている気がするが、気のせいであると信じたい。


 ……しかしルイスのおにぎりウルフを見つめる表情は、だんだん訝しげなものに変わる。何かに気づいたようだ。


「おかしいな」

「なにがおかしいんですか。ルイス様の頭がですか?」

「おにぎりウルフの動作がおかしい。普段は群れでおにぎりのような行動を取るのだが、今日はその様子がない」

「その例え、どんな行動か分からないです。おにぎりは行動しないでしょ」

「これはもしかすると……」


 ルイスがプリマリアにめっちゃ想像しがたい行動説明をした次の瞬間。


「ONIGIRIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!!!」


 森が大きな音で、揺れる。それは二人の腹の底まで響き渡る。その明らかに「おにぎりー」と聞きなれた単語を発している叫びを聞いたプリマリアは、色んな意味で焦りだす。


「な、なんですかこの激しいような間の抜けてるような微妙なラインの咆哮は?」

「間違いない……奴が来る!」


 どすどすどすどすと速いペースで重たい音が森からおにぎりウルフの方向へと近づいてくる。

 そして怯え始めたおにぎりウルフ達の前に、巨大な影が森の中から現れた。鋭い牙、ギラリと光る眼光、ふさふさとしているが硬そうな白い毛並み、巨大な図体、どことなく漂うおにぎり臭。それはまるで大きなイノシシのようであった。


「あ、あれは……千年前にも危険とされていた魔物、ビッグボア!?」

「いや違う。あれはビッグボアの変異種、おにぎりボアだっ!」

「こっちもおにぎりかよ!? なんでもかんでもおにぎりって名を付けるなっての!」


 そう。そのイノシシこそ千年前の時代から人間たちに恐れられていた魔物、ビッグボア。……の変異種、おにぎりボアらしい。プリマリアは危険な状況を忘れてついツッコんでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る