十話 おにぎり就寝

「……ダブルベッドですね」

「だな」


 案内された部屋は割と広くていい雰囲気の部屋であったが……特に目を引くのはキレイに整えられたダブルベッドだ。それを見た瞬間にプリマリアは困った表情になったのだが、味噌焼きおにぎりちゃんはそんな事に気づかずニコニコと部屋の説明をする。


「この部屋はカップルやご夫婦さんご用達の、この宿で一番高級なルームで味噌焼きおにぎり! ここに泊まれば二人の仲がさらに高まる事間違いなしで味噌焼きおにぎり~♪」

「あ、あの。私は今はルイス様に契約してお仕えしているだけで、まだ夫婦やカップルって訳ではないので……ベッドが個別の部屋でいいのですが」

「そんな言い訳必要ない味噌焼きおにぎり! 二人の愛を深めるにはこうした場は必要でおにぎりよ?」


 プリマリアは別の部屋を所望したが、味噌焼きおにぎりちゃんはただの遠慮だと勘違いしたのか、軽くあしらってしまう。


「じゃ、ゆっくりとお楽しみになって味噌焼きおにぎり~。必要な物があったら声をかけて味噌焼きおにぎり」

「あ、待っ……」


 そして話半分に、味噌焼きおにぎりちゃんはそそくさと部屋を出て行ってしまった。その場にはルイスとプリマリアの二人だけが残される。


「……どうする? 味噌焼きおにぎりちゃんはああ言っていたが」

「ルイス様に申し訳ないので、私は床で寝ようかと思います」

「別に照れなくていいんだぞ、プリマリア」


 面倒くさそうに床で寝ようと言うプリマリアに対し、ルイスは今までより真剣な目つきで彼女と向かい合う。


「俺はお前を愛する覚悟はできてる。精霊姫と勇者のしがらみなんて気にしないで、俺と新しい未来を切り開かないか? 俺ならどんな困難だって守り切れるさ」


 ルイスはそう宣言した。要約すると、「今日二人で愛し合おうぜ!」と言ったところだがそのまっすぐな眼差しは軽さを全く感じられない。

 勇者に一目惚れして彼と心の底からの愛を交わす事を夢見た精霊姫だったら、喜んで受ける申し出であろう。


「朝の私なら『ルイス様、私は嬉しいです。ずっとこの日をお待ちしてました』って言いながら一夜を共にしてましたけど、今日のあなたの奇行を見て一夜を共にする勇気はないです……」


 残念ながらプリマリアの夢はたった一日で「この夢、本当に叶えていい物なのだろうか……?」レベルまで落ちていたのでこの申し出を拒否した。プロローグの段階でこの話が出ていたら色々なしがらみをすっ飛ばして二人は夫婦になったかも知れないが、今の段階でこの話に飛びつけるほどプリマリアはおにぎり狂いではなかった。


「そう、か。お前の心が決まってないなら、二人でおにぎりを囁きあうのはもう少し先にするか」

「そういうとこが駄目なんだって」


 返事を聞いたルイスは少し残念そうにおにぎりを囁き合う事を諦めた。彼の初夜計画がおにぎりに狂ってると知ったプリマリアは、夢を叶えないで良かったと心底思った。


「だが流石にレディを床に寝かせるなんて誰かに知れたら、噂になってしまうだろう。今日のところはプリマリアがベッドに寝てくれないか」

「……分かりました。そこまで言うなら、今日は私がベッドで寝ますね。でも明日以降はどうしますか? ルイス様も長期間床で寝ると疲れるでしょう?」

「大丈夫。明日以降の事は考えがある。気にしないで眠ってくれ」


 最終的に、ベッドで寝るのはプリマリアに決まった。プリマリアはルイスの心配をしたが、ルイスは考えがあるからと自信ありげだ。


「……はぁ。なんだか疲れて眠たくなってしまいました。ルイス様、私もう眠っていいでしょうか」

「だが夕食はまだ食べてないだろう? 昼食にウルマーさんのおにぎりを食べたきりじゃないか」

「確かに食べてないですね。と言うか昼食も一口で死にかけたのでほぼ食べてないも同然でした」


 プリマリアは疲れてしまったので寝ようかと思ったが、ルイスに夕食の事を聞かれて自身が空腹であったことを思い出した。なので彼女は何か食べたいと思っ……


「ならこの宿でもおにぎりを売ってたからそれを食べよう。噂ではちょっとプスプス鳴る真っ黒なおにぎりだそうだが、まぁ空腹なら食べられるだろうさ」

「や、やっぱりいりません! 今日はもう寝ますっ!」


 ……ったのだが、ルイスの買おうとしているおにぎりが明らかに地雷おにぎりだったためプリマリアは反射的に夕食を拒否し、ベッドの中に飛び込んだ。見えてる地雷を一日に二度踏むほど彼女は馬鹿ではない。


「そんなに眠かったのか……。じゃあおやすみ、プリマリア。宿のおにぎりは明日の朝買おうな」

「いりませんから! そんな目覚めの悪そうな物買おうとしないでくださいー!」


 こうしてプリマリアとルイスの激動の一日は終わった。そしてプリマリアは、どうか目が覚めたら全てが正常になってくれと、神に願ったのだった……。







「……というかこのベッド、なんかねとねとしてるんですけど」

「最高級おにぎりダブルベッドだからだろう。ほどよい米の粘り気が食欲を誘うだろう?」

「うわああああこれもおにぎりかーー!? なんで気づかなかったんだ私ぃー!?」


 そもそも寝られないかも知れないと、プリマリアは改めて思った。

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