第4話 対ゴブリン

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 ダンジョン。

 魔物が徘徊し、罠も仕掛けられている。時にその内部に厳しい自然環境が再現されることもあり、まるで探索者を拒むかのような印象がある。

 かと思えば、宝箱が設置されていたり、魔物は有益なアイテムをドロップし、まるで探索者を誘っているかにも見える。


 そんな不思議空間を探索する為の訓練を施し、一人でも多くの探索者を送り出すのがこのダンジョン学園の目的。そして、優秀な探索者を数多く抱えて、ダンジョンからの恩恵をより多く持ち帰るのが、この世界の国家間競争の一つの形だ。


 そんな事は分かっていた。いや、分かっていたつもりだった。

 まさか、中等部の訓練初日でダンジョンダイブとはね。マジかよ。学園に来てからまだ三日しか経ってないぞ。


「よーし! 各自武器は持ったな! 今日はあくまで見学ツアーみたいなものだ! 内部進級組の十名が各班に二名ずつだ! 編入組は彼らの動きをよく見ておくように! 分かっていると思うが、ゲートを潜ればそこは我々の常識が通じない場所だ! まずは全員しっかりと警戒するように!」


 野里先生の号令により、僕らは四人一組になり、そこに内部進級組の二名を加えた六名で班を作る。で、その班ごとにダンジョンダイブするそうだ。流石に今日は、一階層をグルっと一回りして、ダンジョン内の広場で合流して終わるらしい。ちなみに風見くんとは同じ班になった。


「大丈夫です。わたし達が皆さんを守りますから」

「そうそう。一階層なんてスライムと単体ゴブリンしかポップしないし、僕らなら目を瞑ってても問題ないから」


 僕らの班を担当する内部進級組の二人。

 佐久間さくま愛佳あいかさんと堂上どうじょう伊織いおり君。


 佐久間さんはレベル四の【黒魔道士:Lv2】、学生服の上に黒いローブに短めの杖……ロッドっていうのか? それを持っている。見た目は正しく魔法使いだ。

 

 堂上君はレベル三の【剣士:Lv2】で、鎧下に革製の胸当てに、グローブ、篭手、膝から下を守るブーツのような脛当てを身に着けている。武器はファンタジーの見本のようなショートソード。彼の体格からすると少し長めに感じる。


 年齢こそ僕らと同じ十三歳で同級生だけど、ダンジョンの諸々の経験としては大先輩だ。


 ちなみに、僕たちのようなダンジョンに潜ったことがないような連中は、レベルはもちろん【一】で、全員が漏れなく【ルーキー:Lv1】というクラスになる。この【ルーキー】のLvを2以上にすることで、一次職である一般クラスにチェンジ出来る仕組みらしい。やっぱりこういう所はゲーム的だね。このクラスLvは10が上限と言う事も判明しているらしい。


 僕たちルーキー組は、全員が小盾と大振りの短剣を装備している。先生曰く『まずはソレで。違和感があれば変更して様子を見ろ』という、何とも男前な指導があった。

 いや、使い方とかは? 刃物だぞ。自傷とか同士討ち的な事故の心配は?


 内心の反論も虚しく、僕らの班の番だ。まぁ五班しかないから順番も早い。


 目の前にはダンジョンゲート。

 思っていたよりも小さい。体育館の扉くらいの大きさで、その扉の形をした暗闇が広がり、外からは中の様子は覗えない。暗闇の前には、何やら透明な膜のようなモノが脈打っていおり、透明度の高い水面が直立しているみたいだ。


「では、次は佐久間班だな。とりあえずはパニックにならないように。もしパニックになって班からはぐれても、一階層なら大怪我をする前に救出してやるから安心しろ」


 安心できるか! ……と言いたいけど、恐らく先生に嘘はない。

 このダンジョンゲート付近、特異領域に入った瞬間から、野里先生から凄い圧を感じる。全員が驚いたと思う。内部進級組からも微かに圧を感じたけど、野里先生のはその比じゃない。先生みたいなのが“人外”と呼ばれる探索者なんだろう。


「佐久間班六名……行きます!」


 佐久間さんの合図と共に、僕らは固まりながら、思い切ってダンジョンゲートを潜る。


 思わず目を瞑っちゃったけど、これは事前に注意されていた。ゲートを潜った瞬間、目の前に魔物が居るなんてことも有り得るそうだから、目は瞑ってはダメだ。


「ふふん。誰しもハジメテが怖いのは当たり前。僕らが守るから存分に怖がって良いよ。……いずれ怖がることも許されなくなるし」


 緊張もあり、堂上君の言葉の音は聞こえてるけど、内容は理解できない。

 ビクビクしながら、ヘッピリ腰で辺りを見回してみる。他の三人のルーキーも似たりよったり。自分だけじゃなくてちょっと安心した。


「周囲の警戒後、少し落ち着いたら動きますね」


 ダンジョンの一階層は、まさにダンジョン! という感じの洞窟型だった。ゲートを潜った先は大きな空洞になっており、目の前には六つの横穴……道があり、奥に続いている。


「こ、この暗い洞穴みたいな所を進むの?」


 班の一人が小さく手を上げ、佐久間さんと堂上君に尋ねる。


「ええ。でも安心してください。こちらから見ると暗いですけど、一階層は私達が動けば、その動きに合わせて周囲も明るくなりますから。あと、別れ道のように見えますけど、この六つの道は全て繋がってます」

「先に入った二つの班がそれぞれ行くルートに目印をしているから、目印のない所を行く。たぶんスライムとゴブリンが数匹出てくるだけだと思う」


 流石のパイセン。頼もしい感じがする。


「……風見くんは大丈夫?」

「……大丈夫に見えるかよ? マジでチビリそうだぜ」

「まさか訓練の初日でコレとはね。ダンジョン学園、恐れ入ったよ」

「全くだ。……澤成や川神はソレでも嬉々としてそうでヤバいけどな」

「はは。あり得る」


 周りを警戒しながら、風見くんと軽口を交わしてると少し落ち着いてきた。


「井ノ崎さんと風見さんでしたよね? もしかして元々の知り合いですか?」

「へ? あ、あぁ、俺たちは同じ学校から編入してきたから……」

「へぇ〜珍しい。編入組はほとんどが初対面の人ばっかりなのに」


 佐久間さんと堂上君が混ざってきた。


「B組だけど、あと二人、同郷がいるよ」

「えぇ! それはすごく珍しいです!」


 僕らは思っていた以上に珍しいみたいだ。おとなしい委員長的キャラな佐久間さんのテンションが上がってる。


「ち、ちょっと。そんな大きな声を出しても大丈夫なの?」


 そうだ。あんまり駄弁ってるわけにはいかない。周りを警戒しておかないと……


「ふぅ……佐久間、もういいでしょ?」

「そうですね。皆さん、ごめんなさい。実は一階層で魔物が出るのは通路に入ってからで、ゲートを潜った直後のこの場所に魔物は寄ってこないんです。これは先生から口止めされてまして……」


「はぁ? じゃあ初めの警戒っていうのは、訓練の一部ってことか?」

「その通りだよ。『ゲートを潜ってまず警戒!』……コレは学園の標語みたいなモノだから。ひとまずその実践ってわけ」


 ちょっとホッとする。いや、ホッとしちゃダメなんだけどさ。他のルーキーも同じだったみたいで、少し場の空気が弛緩する。


「今回は、先生が言うように見学ですから。ただ『必ずゴブリンを倒す所を編入組に見せるように』と言われています」

「……ゴブリンって、あのゴブリンだよね?」

「ええ。あのゴブリンです」


 佐久間さんの笑顔が怖い。


 ゴブリン。

 僕の知っている限りでは緑色の小鬼で邪妖精。子供くらいの体格で醜悪な顔立ちをしている。

 エロエロな方面で表現されることもあるけど、この世界のダンジョンに居るゴブリンは、他種族の雌を性的に襲うようなことはない。ただただ暴力的に襲いかかってくるようだ。

 どういう仕組みなのか、ダンジョンで出現するゴブリンは、ボロ切れのような腰巻きと粗末な武器を持って現れるという。まぁこのような不思議仕様はゴブリンに限ったことではないようだけど。


「……他の先生はどうか知りませんが、野里先生は『無理そうなら早めに諦める方が良い』という指導方針です。なので、いきなりで申し訳ありませんが、編入組の皆さんにはゴブリン……人型の魔物を無惨に殺める場面を目にしてもらいます」

「「……………………」」

「あ、たぶん気持ち悪くなると思ってるだろうけど、逆だから。親和率が高いとさ、全然気持ち悪くないんだ。人型の魔物の惨殺現場を見ても、何も感じないことも多いから。ハジメての場合はさ、そんな“何も感じない自分”にショックを受ける方が多いんだ」


 さらっとヤバそうな情報が出た。親和率ってそんな効果があるのね。


「……では、そろそろ行きましょうか。先頭は堂上君で後ろは私。編入組の皆さんは間に二列でお願いします」


 僕らは無言で指示に従う。心の準備とかの時間的余裕はくれないみたい。



 ……

 ………



 堂上君はその軽薄そうな見た目とは違い、かなりの堅実派のようだ。僕らへも配慮してくれており、ダンジョンを進む際に必ず後ろを確認している。


 逆に真面目な委員長っぽい見た目の佐久間さんは、割と大雑把な様子。今も横を向いて欠伸とかしてるし。……余裕の現れと思っておこう。


 僕らのペースに極力合わせてくれており、ソロリソロリと一本道を進んでいくと、ある地点で堂上君が立ち止まった。左手を軽く上げて、僕らにも止まるように無言の指示を出す。……いよいよか。


「前方二十メートルにゴブリン一匹。……お目当てのヤツだ」


 出た。

 僕らの周囲は何故か明るいけど、二十メートル先は暗がりで、何があるのかまでは見えない。でも、ナニかが動いているのは分かる。薄っすらと獣のような臭いも漂っている。


「……佐久間、どうする?」

「そうですね。先生のオーダー通り、あのゴブリンをなるべく残虐に血祭りにあげましょうか。ここは、私より堂上君の剣の方が直接的で良いかと……」


 二人共落ち着いてるね。ゴブリン一匹程度は相手にならないみたい。ただ、佐久間さんの話す内容が怖いんだけど。


「よし。まず僕があのゴブリンの片腕を切り飛ばしてくる。一階層の魔物は、基本的に逃げないんだ。だから敵わないとしても絶対に僕を追いかけてくる。編入組がじっくりと観察できる距離まできたら……ズタズタに斬殺する」


 うん。堂上君の発言も物騒だった。でも、これが探索者としては常識なんだろうね。でもちょっと待って。内部進級組とは言ってもさ、まだこの二人も中学一年だよね? ……教育って怖い。


 僕らの心の準備とかの配慮はなく、いきなり堂上君が駆け出す。かなりのスピードだ。ほんの数秒でゴブリンに接敵して、その周囲が明るくなり、ルーキー組にもゴブリンの姿がハッキリと確認できた。


 ゴブリンの姿は想像通りだった。暗い緑色の肌で身長は百三十センチくらい。僕らよりも頭一つ小さい。ただ、その顔立ちは凶相が張り付いており、長い舌がギザギザだらけの歯から出ている。いや、歯というよりも牙に近い。

 その姿は想像通りだけど、僕は想像以上の衝撃を受けた。


 嫌な感じがしない。


 ゴブリンの醜悪な姿を目の当たりにしても、嫌悪感で眉を顰めるようなこともない。逆に『楽勝! ポイントゲットだ!』なんて事が頭をよぎった。これがダンジョンとの親和率の効果なのか?

 でも、周りを見ると、ルーキー組は青ざめている。風見くんもだ。

 え? 僕だけサイコパスな感じ?


「ふッ!」


 堂上君が、ショートソードを担ぐように構えながら駆ける。そして、間合いに入ると同時に振り降ろした瞬間、ゴブリンの右腕の肘付近から先が失われる。それは本当に一瞬の出来事で、気が付いたらゴブリンの右腕が地面を転がっていた感じだ。


 一撃後、堂上君はすぐに振り返ってこちらへ駆けてくる。当のゴブリンは、痛みなのか威嚇なのか、ギャーギャー叫びながら、背を向けた堂上君を追ってくる。

 しかし、その足元はヨタつき、斬られた右肘付近から暗い紫色の血を撒き散らしており、傍目にもダメージは深刻なようだ。


「そろそろ来ます。編入組の皆さんはその場を動かず、ゴブリンが絶命するまでを目に焼き付けてください!」


 佐久間さんの檄が飛ぶ。

 堂上君がスライディング気味に僕らの目の前で静止し、すぐに体勢を整えてゴブリンに向き直る。遅れながらゴブリンもここへ来るってことだ。


「ひッ!」

「うおッ!」

「あ、あれがゴブリン……」


 遅れること数秒。堂上君の動きが止まったためか、ゴブリンも三メートルくらいの距離を置いて止まった。近い。改めてゴブリンの姿を目にして、ルーキー組はビビりまくりだよ。


「……ギ、ギギーッ!」

「《スラッシュ》!」


 ゴブリンが前のめりでタメを作り、飛び掛かるほんの一瞬前。堂上君の剣が、ゴブリンの足を膝付近で両断していた。今のはスキルか? 横薙ぎの剣に薄い黄色のオーラ的なエフェクトが掛かっていた。


「ギガッ!?」


 自分の身に何が起きたのかも理解出来ないまま、両足を失った片腕のゴブリンが僕らの前に転がる。


「ふぅ。こんなところかな?」

「では、残りの腕は私が…………《アロー》!」


 佐久間さんがロッドを向けて叫ぶと、ロッドの先端の十センチほど先の空中に光が集まり、一瞬の間の後、矢のように射出される。こっちは魔法スキルか。

 ぼんやりとその光景を眺めながら『発動までにタメがあるなら、少し使い勝手を考えないとダメだな』なんていう事を冷静に考えていた。いや、僕は急にどうしちゃったんだ?


 順当な予想通り、佐久間さんの魔法は残っていたゴブリンの左腕を消し飛ばす。憐れゴブリン達磨の出来上がり……って酷いな。


 ルーキー組を見やると顔面蒼白だ。でも、特に目を逸らしたりする訳でもない。


「ガガッ! グギャボッ!!」


 ゴブリンは紫色の血を垂れ流し、叫びながらジタバタしている。


「はい! このまま堂上君がゴブリンを生きながら解体しますので! 皆さんよく見ておいて下さいね!」


 …………猟奇的だ。



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