奇妙な旅人・3

 次は私の番。

 この前はあの子。その前はあの子の番だった。

 そのずっとずっと前は──。


 ***


 静まりかえった広場から、パチパチと焚き火の音がする。シイハは懐から巻き煙草を取り出し、ひとときの安らぎとともに紫煙を燻らせた。

 周囲を観察するという名目で、廃棄されて朽ちかけた馬車の荷台を漁ってみると、大量の白い骨が見つかった。


「人の骨。……と、馬の骨。冗談のつもりだったんですがね」


 少女たちはひとり、またひとりと各々の寝床に消えていき、今は誰の姿もない。……と、思ったのだが。


「何をしているの?」

「!」


 裸足が砂利を踏むざっざっという音とともに、彼女――ユイは現れた。


「みんな眠ってしまった。……貴方のことは食べない。リラがそう決めた」

「そいつはどうも」

「これは、ずっと燃えているの?」

「ええ。石の中のエネルギーが尽きるまで、何日でも燃え続けます。ここらでは珍しいかもしれませんが、文明の利器ってやつですね」


 炎の下の石ころみたいな燃料を指して、シイハが淡々と言った。少しの沈黙の後、ユイの腹から、ぎゅうう……と胃が収縮する音が響き渡る。


「……あ」


 少し恥ずかしそうに俯いて、薄い腹を抱えて蹲った。それでも空腹の主張は止まることなく、腕の中で低い唸り声をあげる。


「だから言ったのに」


 白い煙を吐き出しながら、シイハは自身の大きなバッグを探った。白い薄荷の飴を否応なしに握らせ、焚火の前へと戻る。


「これは?」

「蜜虫の糖液を加工した非常食です。お腹の足しにはならないでしょうが、この虫の生息する寒冷地では貴重な食料になります。無いよりマシでしょう」

「ありがとう、旅人さん……」


 人の肉を食べると、手足が震えるおかしな病に罹るときいたことがある。そしてそれは、脳の中が支配されるような強い禁断症状をもたらすのだとも。


「禁断症状というのは厄介なものでね。一時の空腹は凌げても、欲求を満たすことはできない。……少し休んだら、身に危険が迫る前に発つとしましょう」

「私は、人を食べたことがない。とても美味しそうには思えない」

「ラヴィが人を食べるのは本能です。ならば貴女は、少しばかり変わり者、いうわけですか」視線だけを荷馬車に遣る。

「リラには異端だと言われた。だからに選ばれた」

「次?」


 煙草を揉み消しながら訊きかえしたが、返事はかえってこなかった。シイハは小さく欠伸をし、大振りなバッグを枕にしてごろんと横になる。


「お喋りが過ぎましたね。貴女もそろそろ眠るといい」

「……眠る。わかった」


 ユイが小さく頷いて、同じように寝転がる。


「……って、え? 一緒に寝るんですか?」


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