第42話

☆☆☆


「はぁ……はぁ……はぁ……」



真夜中の道を光平は荒い息を吐きながら歩いていた。



衣類はボロボロで顔は浅黒く疲れきっているし、足は今にも倒れこんでしまいそうなほど弱弱しくしか前に出ない。



それでも光平はなにかに操られているように歩く。



手に血のこびりついたハンマーを握り締めて。



その時外灯に照らされて浮かび上がるサラリーマンの後姿が見えた。



途端に光平の足は速くなり、サラリーマンとの距離を縮め始めた。



サラリーマンの真後ろへやってきたとき、光平はハンマーを持っている右手を振り上げ、そして躊躇なく振り下ろした。



ゴッ! と鈍い音が聞こえてきて、サラリーマンは声も上げずに倒れこむ。



光平は倒れたサラリーマンの顔めがけて、2度、3度とハンマーを振り下ろした。



その腕は今にも引きちぎれてしまいそうなくらい力が入っていない。



それでもハンマーを手放すことも、殺人をやめることもできなかった。



「もう……やめてくれ」



顔のつぶれたサラリーマンを見下ろして呟く。



通行人の姿はなく、これでもう今日の殺人は終わりだという安堵の気持ちが浮かんでくる。



早く家に帰りたかった。



家に帰って、この血まみれになった体を洗いたい。



アパートでなくてもいい。



あのクソみたいな叔父と叔母がいる家でもいい。



気持ち悪いイジメっ子の多い学校でもいい。



少なくても、今の状況よりはそっちのほうが幸せだと思えるようになっていた。



帰りたい。



帰りたい。



帰りたい。



だけど光平の耳は人の足音を聞き逃さなかった。



光平の意思に関係なくそちらへ振り向く。



外灯の下、懐中電灯を持って歩いているひとりの女性がいた。



とても小柄でネガメをかけて、年齢は光平と同じくらいに見える。



獲物を見つけた光平の足は強制的に歩き出す。



ズルズルと疲れきった体を引きずって。



「あ、光平くん?」



相手の目の前まで来たとき不意に名前を呼ばれて光平は目を見開いた。



小柄でメガネをかけて、真面目そうな女性。



それは唯一光平に優しい言葉をかけてくれた、あの花子だったのだ。



「あ……」



光平はなにか口にしようとするが、言葉が喉の奥にひっかかって出てこない。



仮面が余計なことを口走らせないようにしているのだ。



「あ……あ……」



どうしてここに?



逃げろ。



俺に近づいちゃいけない。



すべての言葉がかき消されてしまう。



「こんなにボロボロでどうしたの? まさか、また誰かにやられた?」



花子の表情が険しくなり、光平の頬に手を伸ばす。



次の瞬間、光平はその手を掴んで後ろへひねりあげていた。



花子のか細い悲鳴が聞こえてくる。

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