第31話

☆☆☆


炎はあっという間に燃え上がった。



灯油に火をつけるとこんなにも簡単に火が燃え上がるのだと、クルミは初めて知った。



裏から逃げ出したクルミは自分の家が燃えているのを見つめながら後退し、裏路地を逃げる。



十分火の手が屋敷を包み込んでから助けを呼ぶつもりだった。



もしかしたらその前に近所の人に気がつかれて通報されるかもしれないが、その時は全力で逃げるだけだ。



家から十分距離をとった場所で立ち止まり、クルミはようやく仮面を脱いだ。



オレンジ色の炎に照らされたクルミの顔は汗が流れていて、表情も引きつっている。



しかし胸の中は爽快感に溢れていた。



これで自分は自由になる。



勉強だってもうしなくていいし、生活するには困らないくらいのお金だってある。



そう思うと自然と笑みがこぼれた。



普段みんなからお金持ちのお嬢様だと羨ましがられてきた。



その度に、じゃあ私と変わってよと言ってやりたかった。



毎日毎日一秒単位でやることを決められている窮屈な生活になってみなよと。



クルミにとって今の学校は唯一自分の意思が反映されたものだった。



だけど正直期待はずれだった。



みんなはクルミのことを理解しようとする前に決め付けて羨ましがる。



なんの苦労もないのだと思い込んでしまっている。



そんな中で友人を作るのは一苦労だった。



でも、もちろんそんなことは父親の耳に入れていない。



そんなことを言えば「だから私の言うことを聞いていればよかったんだ」と、威圧的に言われるのがオチだからだ。



「そろそろ、かな」



クルミは屋敷を包み込む炎を見て呟く。



スマホを取り出そうとしたとき、近所の人が異変に気がついて外へ出てきた。



それを確認してクルミはスマホをポケットに戻した。



通報する必要もなさそうだ。



消防車が到着したら、屋敷の中から逃げ出てきたと思わせないといけない。



その時はクルミの演技にかかっているが、きっと大丈夫だろう。



なにせこの仮面を使って放火したのだ。



バレることはないという自信があった。



裏路地からジッと様子を伺っていたクルミの元に近づいてくる人影があった。



その人物の顔は真っ白で、まるであの仮面のような顔をしている。



その人物は、気がつけばクルミのすぐ真横に立っていた。



「え?」



クルミが相手に気がついて声を上げた次の瞬間なにかを押し当てられ、クルミはその場に倒れこんだのだった。

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