第21話

リナの足はリナの意思に関係なく2年B組の教室へと向かう。



誰もいなくなった教室へ足を踏み入れると、クルミの机の前で立ち止まった。



すると今度は素早く右手が動いていた。



クルミの椅子をどかせると机の中に手を差し入れる。



そして一本の万年筆を掴んで出てきた。



万年筆を持った右手はそれをリナのカバンの中に滑り込ませる。



そしてリナは何事もなかったかのように教室を出て行ったのだった。



すべての動作に無駄がなかった。



リナはなにひとつ自分で考えることもなく、最初の盗みが終わっていたのだった。


☆☆☆


帰宅してからリナは呆然と万年筆を見つめていた。



黒い万年筆の横にはブランドのロゴが書かれていて、それは誰でも知っているような有名なものだった。



もちろんリナがそのブランド品を持ったことなど1度もない。



この万年筆ひとつで数万円はすることだろう。



「お姉ちゃんなにしてるの?」



ふいに後ろから声をかけられて、リナは慌てて万年筆をスカートのポケットに隠した。



振り向くと宿題を終えた弟が退屈そうな目をこちらへ向けている。



「なんでもないよ。宿題は終わったの?」



「終わったよ。一緒に遊ぼうよ!」



今日は弟も友達との約束がないようだ。



『いいよ』と返事をしかけてリナは自分の学生カバンを見下ろした。



カバンの中にはあの仮面が入っている。



もっとちゃんと、仮面の効果を確認しに行きたいと言う気持ちが強かった。



「ごめん。今日はこれから少し用事があるの。テレビを見ていていいから」



「なんだぁ、つまんないの」



弟はリナと遊べないことに唇を尖らせるが、大人しくテレビの前に座ってくれた。



ちょうどアニメ番組が放送されていてすぐにかじりつくように見始める。



リナは弟の様子を確認して、手早く着替えをした。



いつもみたいなオシャレな服じゃなく、少し地味で目立たないものを選んだ。



それから大きめのマスクをつけてできるだけ顔をかくした。



これで準備万端だ。



あとは家から出て仮面をつけるだけ。



片手に仮面を持って自分の部屋を出たとき、「僕これがほしい!」と、弟に大きな声で呼び止められた。



リナはビクリと体を震わせて立ち止まり、体の後ろで仮面を隠した。



見るとテレビ画面には人気アニメのロボットのおもちゃが映し出されている。



「これね、あっくんもりょうくんも持ってるんだよ!」



弟はテレビを見てはしゃぎながら言う。



「そうなんだ。みんな持ってるんだね」



「そうだよ! 持ってないの、僕だけなんだ」



途端に弟の声のトーンが下がる。



肩を落としてうなだれているのがわかって、リナの胸が痛んだ。



弟や妹には他の子たちと同じような生活をさせてやりたい。



でも、現状ではそれが難しかった。



家族4人で食いつないでいくのがやっと。



高価なおもちゃなんて、なかなか買うことができない。

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