第19話

その日のカレーは味がわからなかった。



炒められたタマネギが口の中に入るたびに妹がこれを万引きしていたときの光景がよみがえってくる。



思わず吐き出してしまいそうになり、急いで飲み込む。



「どう? おいしいでしょう? 隠し味はチョコレートなんだよ」



妹は自信満々に聞いてくる。



「う、うん。おいしいよ。料理上手になったね」



リナはぎこちなく笑って答える。



母親はまだ帰ってきていないから、今リナは母親代わりだ。



もっとも、本当の母親なら自分の娘が万引きしているのを目撃したときに注意しているかもしれない。



そんな勇気は今のリナにはまだなかった。



「ごちそうさま」



リナは丁寧に手をあわせて席を立った。



食べた後の片付けはリナの仕事だ。



シンクに向かって立っていると、妹と弟がキレイに平らげた空のお皿を持ってきた。



その後、妹が弟にテレビを見る前にお風呂に入るように促している。



弟は1度テレビを見始めたらずっと張り付いて離れないからだ。



弟はぶーぶー文句を言いながらも妹の言うことをちゃんと聞いている。



本当に、この家に妹がいなかったらもっとてんてこ舞いになっていたはずだ。



それがわかっているからこそ、リナは今日見てしまったことを妹に問いただすことができなかった。



考え事をしていたら手元が狂った。



泡だったグラスが音を立てて床に落ちる。



ハッとして視線を向けると幸い割れてはいない。



「お姉ちゃん大丈夫?」



グラスに手を伸ばしているとすぐに妹がかけつけてきて、リナは一瞬動きを止めた。



「うん。大丈夫」



笑顔を向けて返事をする。



本当は家では素のままでいたいのに、リナのその笑顔は作られたものになってしまったのだった。


☆☆☆


翌日も妹の様子はいつもどおりだった。



母親へ向けている笑顔も見慣れたもので変わりがない。



だからこそリナは恐ろしさを感じていた。



家族の前で普段どおり振舞うことができるくらいに、妹はもう何度も万引きを繰り返してきたに違いない。



重たい気持ちを引きずりながらリナは家を出た。



今日はいつものように姿身で念入りに自分の姿を確認することもなかった。



頭の中は妹のことで一杯で他のことが考えられない。



こんなことではダメだと思うが、ではどうすればいいのだろう?



このまま何も見なかったことにして忘れる?



そんなことをすれば妹はまた万引きをするだろう。



そして捕まったりしたらどうなる?



毎日懸命に働いている母親を傷つけることになってしまう。



いくら考えてもリナには解決策を見出すことできなかった。



ぼーっとしている間にまた学校に到着してしまった。



リナは慌てて手鏡を取り出して自分の顔を確認する。



少なくてもみんなを心配させるような顔はしちゃいけないと自分に言い聞かせて、教室へと向かう。



2年B組の教室へ入るといつものように数人の友人たちに取り囲まれた。



「リナちゃん仮面の噂って知ってる?」



席へ向かう途中、1人がそんな質問をしてきた。



「仮面?」



リナは首をかしげて聞き返す。



「そう! この学校の七不思議でね、放課後1人で屋上へ向かうと仮面が落ちているんだって! その仮面をつけると自分が一番なりたい犯罪のプロになれるっていう噂!」



クラスメートはオーバーな身振り手振りでリナに仮面の噂話を伝える。



リナはそれに耳を傾けながら自分の席に座った。



子供だましの噂話だ。



内心そう思ったが、目を輝かせて興味のあるフリをしてみせる。



「なにそれ。犯罪のプロ?」



「そうだよ。だけど仮面は本当に必要な人の前にしか現れないんだって!」



リナが興味を示したと思い、そのクラスメートの声は更に大きくなっていく。



「そんな仮面があったら怖いね。どんな人でも犯罪者になっちゃうってことでしょう?」



「だよねぇ! 実は私何度か放課後の屋上に行ったことがあるんだよね」



途端に声のトーンを落とす。



その表情はやけに真剣だ。



リナは内心冷めた気持ちでクラスメートを見つめた。

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