第15話

「そう。困ったね」



リナは眉を寄せて答える。



本当はそこまで困っていないけれど、苦情さんがせっかく知らせてくれたので深刻そうな表情をしなければならない。



南部君が自分を盗撮していることは知っていた。



彼がアイドルオタクであることも、地元のイベントに参加したとき必ず見に来ていることも。



イベントのときに手売りするグループのプロマイドや、簡単な装丁で作られた写真集も買ってくれているのを見たことがある。



でも、リナはそれを気がつかないフリをしてあげているのだ。



イベントに来ても直接リナに話かけてくることはないし、同じクラスなのに話たこともない。



そんな南部君の気持ちを察して、自分との接点を隠してあげている。



もちろん盗撮はよくないことだけれど、南部君がこっそりこちらへカメラを向けているとき、リナは自然と表情を作り、ポーズを決めていた。



だからちゃんと写真に残されていいものを撮らせてあげているのだ。



南部君がそのことに気がついている様子はないけれど。



そう思うとリナは1人の男を手のひらで転がしているような気持ちになり、とても気分がいい。



南部君のようなファンがどんどん増えていくことを祈ってすらいた。



「ね、1度私がガツンと言ってやろうか?」



九条さんが拳を作って言うのでリナは慌てて左右に首を振った。



「ま、待って待って。私は大丈夫だし、実害だってないんだから」



それになにより全国デビューする前に汚点を作るようなことはできない。



南部君のような人を非難するのは実はとても怖いことだ。



自分の行動を否定された南部君がどのように感じて、どのように動き始めるかわからない。



もしもこちらの体や名誉に傷がつくようなことがあってはいけない。



「本当に大丈夫? このままエスカレートするかもしれないよ?」



「心配してくれてありがとう。本当に困ったらまた相談するね」



リナがそう言うと九条さんは嬉しそうに胸を張った。



自分がリナの相談相手になれるということが嬉しいみたいだ。



南部君にしても九条さんにしても、みんなよりもリナに近づくことを嬉しいと感じているのがわかる。



地元アイドルに特別扱いされるよりも、全国的なアイドルに特別扱いされたいでしょう?



リナは心の中でささやく。



きっと近いうちにそういう未来がくる。



だってこんなにも私は頑張っているんだから。



リナは体操着を取り出して他のクラスメートたちと一緒に席を立つ。



1時間目から体育の授業だなんてめんどくさいな。



そう思ってももちろん声には出さない。



地元アイドルとして活動し始めてから不平不満を漏らしたことはほとんどない。



気を許しているのは家族に対してだけだ。



妙なグチを口走ることで自分の夢が絶たれるなんて考えられないことで、リナはいつでも自分の言動をコントロールしていた。



その分ストレスもたまるけれど、いつでも自分がアイドルでいられるような気分にもなれた。



「もしかしてそれ、縫ってるの?」



教室から出て行こうとしたとき後方からそんな声が聞こえてきて立ち止まった。



振り向いた瞬間うんざりした気分になる。



気分がそのまま顔に出そうになって、リナは慌てて笑顔を作った。



声をかけてきたのは同じクラスの四条クルミだ。



クルミは地元では有名な企業のひとり娘で、お金があることで有名だった。



お稽古事や勉強、美容にも沢山お金をかけているようで才色兼備だと有名だ。



そんなクルミはアイドルであるリナの存在が気に入らないようで、ことあるごとに突っかかってくる。



リナもクルミに嫌味を言われるとつい言い返してしまいそうになったりして、やっかいな相手だった。



「ねぇ?」



首をかしげたクルミはリナの持っている体操着袋を指差している。



クルミに指摘された通り、リナの体操着袋にはハートのアップリケがつけられている。



可愛くて気に入っているけれど、オシャレのためにつけたのではない。



袋が破れてしまったからつけたのだ。



リナは咄嗟に体の後ろに袋を隠した。



「それって破れたからつけたんでしょう? シューズだって随分汚れて、それでも買い換えてないんだね。もしかしてお金がないの?」



その言葉に体がビクリと反応してしまう。



平静でいようと思っているのに笑顔が引きつってきてしまう。



他の友人たちはキョトンとした表情でリナとクルミのやりとりを見つめている。



ここで言い返したり、怒ったりしてはいけない。



みんなの見ている前では絶対にいけない。



リナは一度目を閉じて深呼吸をした。



「クルミちゃんに比べれば、私の家なんてお金がなくて当たり前だよ」



甘ったるい声で答えるとクルミは眉間にマユを寄せた。

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