第7話 ホテル・極み

 雪守に連れられ、俺らはデパートの中にあるエレベーターで十階へと向かっていた。

 このデパートは三十五階建てで、一階から九階までがデパート。十階がレストランフロア。そしてそれより上が、高級ホテルになっているらしい。

 らしいというのは、俺もさっき雪守から聞いただけで、よくわかってないから。



「なるほどな。買い物も終わったから飯って訳か」

「まあ、そのような感じです」

「そのような感じ?」

「私たちはその上に行きますよ」



 ……え、まさか?

 十階に着くと、レストランフロアを横目に雪守が前を歩きある場所へ向かう。

 ある場所──『ホテル・極み』のフロントだ。



「お、おい雪守っ。ここって、あの極みか……!?」

「ご存知なのですか?」

「ご存知も何も、この辺では最高級のホテルじゃないか……!」



 ま、まさかこんな所に泊まる、のか? えっ、本当に?

 凡人かつ貧乏の俺には一生涯縁のない場所だと思ってたんだが……どうなってんだ、こりゃ。



「予約していた雪守です」

「お待ちしておりました、雪守様。どうぞこちらへ」



 受付の女性が俺らを案内し、エレベーターに乗り込む。

 予約ってことは、最初からここに来るつもりだったなこいつ。



「ゆ、雪守。これ夢か?」

「紛れもない現実ですよ。今日初瀬くんと私は、ここに泊まります」

「マジか……」



『ホテル・極み』

 和樹と一緒にネタで調べたことがあるが、最低グレードでも五万円。そして最高グレードのスーパースウィートルームだと、目を覆いたくなるほどの値段だったはず。

 そして予約をしたのは雪守雫。当然そのグレードは……。



「お待たせ致しました。当ホテル最上階、スーパースウィートルームでございます」



 ですよね!?

 極みに一つしかない、スーパースウィートルーム。最上階全てをぶち抜いた作りで、なんと露天風呂まで付いているんだとか。

 更に専属のコック、専属のマッサージ、専属の、専属の、専属の……とにかく全てが用意されている。それが、『ホテル・極み』のスーパースウィートルームだ。

 雪守と二人きり。眼下に広がる宝石のような街並みを見下ろす。気が遠のきそうだ。



「どうです? 気に入ってくれました?」

「気に入るも何も、感情が現実に追い付いてない」

「まあ直ぐに慣れますよ。まずは夕食にしましょう」



 時刻は既に十九時。気付けば腹が何か食わせろと鳴いていた。

 雪守がどこかに電話を掛けると、数分も待たない内に部屋のインターホンが鳴らされ、料理が運ばれてきた。



「今日は専属コックのお任せメニューです。精のつくもので構成しましたので、沢山食べてくださいね」

「精のつくもの?」

「もう、わかってますでしょ? この後は……ね?」



 っ……そういうことか。確かにここまで来て、何もしない方がおかしい。

 ましてや俺らは、普通のカップルではない。欲情を発散するために雇われた従業員と、雇用主。言わば雇用関係だ。

 ……言ってて悲しくなってきた。



「初瀬くん、どうしました? さ、頂きましょうか」

「あ、ああ。そうだな」



 テーブルに用意された、豪華絢爛な料理の数々。

 見たことがあるものから、名前も知らないもの。本当に料理なのか怪しいくらい繊細な細工がされた料理もある。

 これ、本当に全部食べていいのか……?

 生唾を飲み込むと、雪守が手を付けたのを見て俺も手を伸ばす。



「ッ! うっまぁ〜……!」

「ここの料理、本当に最高ですよね。んーっ、このお肉もトロトロです〜」



 いつもは品よく飯を食べている雪守も、人目がないからかあれもこれもと頬張っている。

 俺も無心で料理を食べ、お茶で流し込み、また料理に手を伸ばす。

 どれだけ食べても、いくらでも食べられそうだ。



「ありがとう、雪守。こんないい場所に連れてきてもらって。一生の思い出になったよ」

「大袈裟ですよ。それに思い出なら、これから先もっともっと作っていけばいいじゃないですか」

「……そう、かもな」



 それは暗に、もっと俺と一緒にいてくれるって意味、なのかな。

 なんかむず痒いというか……嬉しい、かも。

 ……あ、そうだ。



「これから先と言えば、雪守って進路はどうするつもりなんだ?」

「基本的には進学ですね。海外の学校も視野にいれてます」

「海外……」



 そっか。ということは、俺らの関係も高校で終わりか。

 いや、そもそも今日で終わりって言われるかもしれない。だからそんな高望みはしないが……寂しいな、それは。



「……頑張れよ、雪守。応援してる」

「はい、頑張ります。……と言いたいところですが、海外は余り積極的じゃないんですよ。親に言われてるから、選択肢に入れているだけで。本当は日本の学校に行きたいんです」

「……そうなのか? でも行けるなら、可能性を広げた方が今後の人生のためになると思うが」

「……ばーか」



 なんか唐突にディスられた。なぜ。

 雪守は俺をじとーっと睨むと、そっとため息をついた。



「ご馳走様でした。それじゃあ初瀬くん、そろそろ行きましょうか」

「ベッドか?」

「その前に、露天風呂行きましょう。凄く広くて開放的ですよ」

「……それは一緒に入るってことか?」

「いけませんか?」

「いや、別に」



 もう何度も互いの裸を隅々まで見てる仲だ。今更一緒に風呂に入るくらいで緊張したりはしない。……俺は、だ。

 雪守に関して言えば、一緒に風呂とか結構恥ずかしがったはず。

 なんか、やけに積極的だな。この半年で、雪守と一緒に風呂に入ったことはほとんどないし。

 なんか、グイグイ来るというか……どういう心境の変化だ?



「まあまあ、いいじゃないですか。行きましょう」

「……わかった」



 俺は気にしないからいいけどさ。

 雪守と部屋を出て、脱衣所に向かう。

 脱衣所もかなりの広さだ。普通に俺の住んでるボロアパートより広い。

 俺がジャケット、ズボン、シャツと脱ぐと、雪守の視線に気付いた。



「なんだ?」

「いえ……こうして見ると、初瀬くんの体って結構引き締まってるなと思いまして」

「あー……まあ、雪守と関係を持つことになってから、少し鍛えてるからな」



 週一でやるのに、だらしない体を見せたくない。

 これはマナー云々ではなく、俺の気持ち的な問題だ。



「そういう雪守も腹筋に縦筋が入ってるし、鍛えてるよな」

「私の場合は日々の忙しさで、自然と引き締まってるというか……初瀬くんは、こういう体はお嫌いですか?」

「いや? 健康的でいいと思う」



 はい、嘘です。めっちゃ好きです。

 大きな胸。括れた腰。大きなお尻。それに加えて薄らと見える筋肉の筋。とてもいいと思います、はい。



「そ、そうですか……なら、思う存分見てください」



 雪守が恥ずかしそうにワンピースを脱ぐと、下から淡い水色の下着が姿を現した。

 こうしてまじまじと見るのも久々だが……本当、完璧な体だよな。

 胸もお尻も大きい。でも腰周りは括れていて腹筋が見えてるし、無駄な脂肪が付いていない。

 日々に忙殺されたるかもしれないが、肌の手入れなんかも完璧だ。シミひとつ、ニキビひとつない。

 なんとなく雪守の頬へ手を伸ばすと、ぴくっと反応した。



「初瀬くん、くすぐったいです……」

「嫌か?」

「……嫌じゃ、ないです」



 雪守は頬に触れている俺の手を包むと、愛欲が滲み出ている発情した目で、俺を見つめてきた。



「今日も、沢山愛してください。愛されてください」

「……ああ」



 そのまま雪守を抱き寄せ、下着へと手を伸ばし──。

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