このラブコメはヒロイン全員が(めんどくさい)ヲタクです。(仮)

橋口むぎ

第1話 始まりの日。

「俺、転校したい。やりたいことが見つかったんだ。」


4月。満開の桜が河川敷や空に桃色を添える月。春は出会いと別れの季節というが、出会いの機会が多いのはこの月であろう。

その出会いというものに何よりも期待しているのが、俺―――及川実おいかわみのる

訳あって転校することになった俺は、その転校先を遠方の高校に決めた。

そのため友人はおろか、知人すらいない状態である。

まあここだけの話、前の高校でも友人はいなかった。しっかりと地元の高校で、同じ小学校、中学校の同級生もいたのにだ。

ぼっちということに嫌悪感を抱くことはないが、友人という存在がいるということを羨ましく思うことは多くあった。

今日は始業式当日で俺の転校日―――いや、俺のぼっち卒業式という表現の方が正しいであろう。

俺は大きな期待を胸に、高校へと向かった。


高校に到着し、クラスを確認する。

(2年D組か・・・)

そして俺はD組のクラスへ向かう―――のではなく職員室へと向かった。

いきなり何の紹介もなしに、誰も一人として知らない教室へ放り込まれるのは気まずいだろうということで学校側が配慮してくれたのだ。

よって俺は朝のホームルームの時間に先生と一緒に教室に入り、新しいクラスメイトとご対面というわけだ。

「貼ってあったクラス分けの紙にあったと思うが、D組担任の戸田だ。よろしくな。」

「はい、よろしくお願いします。及川実です。」

「緊張すると思うが、最初の挨拶が肝心だ。シャキッとな。」

「が、頑張ります。」

人がよさそうな先生でよかった。

キーンコーンカーンコーン。

俺の新しい生活を告げるチャイムが鳴り、戸田先生とともにD組教室まで行く。


「もうみんな知ってると思うが、今日から1年間D組を担当することになった戸田だ。よろしくな。」

戸田先生のあいさつに教室は沸いた。どうやら学内でも人気の先生のようだ。

俺は今、D組の扉の前でスタンバイをしている。

戸田先生からの助言にもあったな最初の挨拶も、しっかりと心の中でシミュレーション済みである。

「そして今日、転校生がうちに来る。いいぞー、入ってくれ。」

転校生という言葉に教室がざわつく。

人前、というか人と話すのが苦手な俺の鼓動は高鳴った。

立ちすくんでいても仕方がないので、俺は腹を括って教室の戸を引き、中へ入る。

「軽く自己紹介を頼む。」

「は、はい。及川実です。これから宜しくお願いします。」

何度かシミュレーションを重ねたおかげか、言葉は詰まることなく発せた。

「お、及川?どうした?」

「え、いや、え?」

いきなり様子をうかがわれて少し戸惑う。

何か変な事を言っただろうか。

「あ、いや、今日からみんなのクラスメイトになる及川実だ。かなり遠方から来たみたいだから、ぜひ色々教えてやってくれ。」

戸田先生は改めて紹介をしてくれた。

「及川の席はあの空いてるところだ。」

「はい。」

俺は軽く会釈をして、教壇から見て一番右の一番後ろの自分の席のもとへ行く。


戸田先生による連絡が済み、これから俺たちは始業式のために体育館へ向かう。

いつだれが『転校生、一緒に行こうぜ。』と声をかけてくるのか期待していたところで、隣の席の女子と目が合った。

大きな目に栗色のボブヘアがよく似合った顔立ち。それは俗に言う美人というべきものだった。

この近距離で目が合ったのに何もなしというのは悪い気がしたので、俺は勇気を振り絞り挨拶をした。

「よ、よろしく。」

「・・・」

え?

ガン無視・・・?

返事は返ってこなかった。めっちゃ近距離なのに、頑張ったのに、フルシカトをかまされたんだが。

「真凛ー、一緒に行こう。」

「あ、うん。」

彼女は友人と思われる人物に声をかけられ、体育館へと向かった。

俺は若干傷ついていた。いや、かなり傷ついていた。HPでいうなら残り3くらいだった。

そこで俺はあることに気付く。

教室に残された生徒は俺と数人のみだった。経験豊富な俺は察したのだ。

体育館シューズを手に取り、俺は一人で体育館へと向かった。


放課後。

結局この日は誰とも話すことなく一日を終えた。

前の学校では当たり前だったから慣れたものなのだが、再スタートに心を躍らせ、新しい出会いに期待していた分、虚しい気持ちが強くあった。

新しい高校でも『ぼっち』を覚悟しかけたが、ネガティブになるには早い。まだ俺には最後の希望が残っている。

その希望があって、俺はこの遠方の高校に転向を決めたのだから。

希望―――『創作物研究同好会』。

簡単に言えば二次元が好きな人たちの集まる会だ。

この近辺の地方で唯一『創作物研究同好会』が設立されているのが、ここ樂鳳がくほう学園なのだ。

二次元は俺のぼっち学校生活を支えてくれた。

辛いこと、悲しいこと、嫌な感情は全部二次元が消し去ってくれた。

アニメ、漫画、ラノベ―――、二次元が俺の毎日を彩ってくれたのだ。

俺はいわゆる二次元ヲタクなのである。二次元こそ人生、人生こそ二次元。

同好会に入れば同じ趣味の人たちと話せる、なんて幸せな事であろうか。

俺はわくわくを胸に一人で職員室へと向かった。


「『創作物研究同好会』なら潰れたぞ。」

「え?潰れた?」

「ああ、去年な。」

戸田先生にそう告げられ、俺は頭の中が真っ白になった。

廃部の理由は決して部員が問題を起こしたとかではなく、ただ単に人数不足。

去年の三年生5人を最後にその同好会に入る者はいなかったという。

いろいろな事情を教えてくれた戸田先生にお礼を告げ、俺は学校を後にした。


「はあ・・・上手くいかねえのな・・・」

満開の桜が並ぶ河川敷で俺は一人、流れる川を見つめていた。

戸田先生の言葉を思い出す。

『もし同好会を再建したいと言うなら、最低でも3人の入部希望者が必要だぞ。』

あいにく俺には頼れる仲間も友人もいない。3人集めるなんて夢のまた夢の話だ。

「あっ、そういや今日あのラノベの新刊発売日だったな・・・」

ブルーな気持ちでも発売日に新刊を買う。それがヲタクというものだ。

俺はスマホで『某ヲタクに優しい本屋さん』の場所を調べる。

「ここから電車で20分か・・・。まあまあ遠いな・・・。」

遠いとは思いながらも、もう足は動き始めていた。


電車に揺られること十数分、『ヲタクに優しい本屋さん』の最寄駅に到着。

電車の中で改めて調べたら、もう少し近場にもあったようだった。リサーチ不足。

最寄駅とはいうものの更にここから10分ほど歩くらしく、リサーチ不足をさらに悔やむ。

歩きながら色々と考え事をしていた。

何故友人ができるどころか、話しかけてくれる人すらいなかったのであろうか。

挙句の果てには無視される始末。

あれ、もしかして初日から詰んでる?

自己紹介もシミュレーション通りに出来たし、見た目にもある程度は気を遣ったつもりだ。

『好きなタイプは?』

『一概には言えないけど、俺のことを好きになってくれる人と付き合いたいかな。フッ。』

的なモテ期シミュレーションもしたのに。どうやら無駄だった。

そうこうしてるうちに目的地に到着。

俺は目当てのマンガのあるフロアへ向かう。

(新刊は・・・あった。)

目当ての新刊を取ろうとしたそのとき。

「あっ、すみません。」

同じタイミングで同じ新刊を取ろうとした人の手と当たったしまい、咄嗟に謝罪する。

「こちらこそすみません。」

相手の方からも謝罪を受け、目が合う。その相手は女性で、大きな目に栗色のボブヘアがよく似合った顔立ち。それは俗に言う美人というべきも―――

「え?」

「え?」

「あの、もしかして隣の席の・・・」

「え?え!?え!!?ち、違いますから!人違いですから!私、及川くんのこと知らないし・・・あっ。」


振り返れば、この日から俺の青春は始まったのだと思う。

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