5

「哲……っ……!」


勢いよく起き上がると、自分のベッドだった。


「また……夢……」


枕元の目覚まし時計を見ると、まだ明け方だった。

ゆっくりとベッドから降りて、キッチンに向かう。

冷蔵庫からミネラルウォーターを出してコップに入れると、一気に飲み干した。


「どうしていつも夢なの……?」


哲也に会えるのは、夢の中だけだった。

会いたい気持ちが強すぎるのか、いつも夢にだけは出てくれるけど、私にとってそれは本当に辛いこと。哲也が亡くなってから、ずっとこの調子だ。

以前よりも回数は減ってしまったが、哲也が夢に出てこない日はない。

私の名前を呼んで、手を差し伸べる哲也。その手を取ろうとすると、目が覚める。毎回ここまでで、どうしても哲也の手を取ることが出来ないのだ。何度こんな朝を迎えているのだろう。

もう一度眠ろうかとも思ったが、すっかり目が覚めてしまった。


「モーニングでも食べて会社に行こうかな」


なんて考えてるけど、夢を見る度に早く家を出てモーニングを食べている。むしろ日常になりつつある。もしかして、私に朝食を食べさせるために、早朝から起こしているんじゃないかと思う。

チェストの上に置いてある写真立て。そこには最高の笑顔の哲也が写っている。悪ふざけをした後は、必ずこんな笑顔だった。私に悪戯をするのが好きで、ひっかかるとこの満足そうな少年のような笑顔をしていた。


「おはよう、哲也」


返事をもらえない言葉を、もう何度言って来ただろう。毎日、毎日言った。でも、哲也は「おはよう」も「お帰り」も言ってくれない。


「お願い、何か言って……」


涙はいつか枯れるだろうと思っていた。でも、私の涙は枯れることがなかった。毎日流す涙を集めたら、プールが一杯になってしまうかもしれない。

モーニングを食べて、ゆっくり本でも読みながらコーヒーでもと思っていたけど、今日はなんだかとても混んでいて、急いで食べるとカフェを出てしまった。

この時間だと一番のりかと思ったけど、既に一ノ瀬さんは出勤していた。


「おはようございます」

「おはよう、早いな」


一ノ瀬さんは室内の時計を見る。始業時間の1時間前だからだ。モーニングを食べて、本を読んでいたけど、混雑してきて早く出社してしまった。うちのような芸能事務所は、ほぼ24時間稼働している。現場から戻るマネージャーやスタイリスト。翌日の準備をするスタッフなど、人の気配がない日は無い。事務所など年中空いている。といっても、警備室から鍵を貰うのだが、誰かしらいるのが芸能事務所だ。


「モーニングを食べたいと思って早く起きたんですけど、混んでいて急いで食べて出勤したんですよ。ゆっくりコーヒーでも飲みたかったんですけどね」

「モーニングか」

「一ノ瀬さん、朝は食べました?」

「いや、俺はいつも食べない」

「朝は食べた方がいいですよ」

「分かってはいるんだが、朝が弱くてね」


意外な弱点を知ってしまった。それでもこうして誰も出勤していない時間帯に出勤しているのだから、すごい。


「何か買ってきましょうか? コーヒーを買うついでに」


急いで飲んだコーヒーに満足感を得られなくて、もう一杯飲みたくなった。


「う~ん……一緒に行くか」

「わかりました」


朝から夜まで食事をするには事欠かない界隈で、外に出ればカフェは沢山ある。財布だけを持って一ノ瀬さんと事務所を出る。


「朝から暑いですよね」

「今年は猛暑の予報なんて言っていられないな、毎年だからなあ」


いつもスーツの一ノ瀬さんだけど、クールビズの季節になると、カジュアルなスタイルになる。私はこの時が楽しみだったりする。スーツの時は堅物の上司のようで、声が掛けづらいけど、夏のカジュアルなスタイルになると、話しやすい先輩と言った雰囲気になるからだ。

隣に歩く一ノ瀬さんは、歩くだけで絵になる。今だって、強い日差しを手でかざしながら見ているけど、モデルのポーズの様で本当に素敵だ。



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