09 Miyu
映画館の角の植栽の縁に腰掛けて、行き交う人たちにまなざしを向ける。
モエを探す。
『アイツ、何だかここを目の敵にしてんだよな』
エルメスはそう言ってた。
だから、モエをこの界隈に近づかせないように、ワタシが見張る。あんなヤツに、この場所を荒らさせない。絶対。エルメスが作り上げたこの界隈は、ワタシの唯一の居場所だから。
映画館脇の路地が盛り上がってた去年まで、そこに近寄ってくるオトナたちに、ワタシたちはずっと、良いように利用されてきた。
例えばパパ活。
家出したワタシたちにしてみれば、結局はそれが唯一の収入源で、好き好んでおっさんたちに抱かれてるワケじゃないのに、いかにも売る側に意志があるようなそんな言い回しで、買ってる側の汚ならしさを覆い隠されてる。確かに自分の意志でそうしてる連中もいるんだろうけど、それしか生きようがないワタシたちにも同じレッテルを貼り付けて、ソレってあなたの意志ですよね? なんてスカした顔で言われる。
例えば盗撮。
仕方なくおっさんたちに抱かれて、いつだって寂しいワタシたちは、ちょっとしたイケメンが地雷系ファッションで優しく近づいてくれば、すぐに何もかもを許してしまう。縋り付いてしまう。依存してしまう。盲目になってしまう。そんなワタシたちの習性を利用して、イケメンたちはワタシたちを抱いて、それを盗撮して、秘密裏に売り捌く。
例えばクスリ。
そんな事にも気づかずイケメン地雷系に夢中になるワタシたちに、そのイケメンたちは、なんだか怪しげなクスリをベッドの中で勧めてくる。それを飲んでヤると、すんごい気持ちいい。気持ちよすぎて、それなしにセックスなんてできなくなる。でもイケメンたちは、何回目かからはそのクスリをタダでくれなくなる。お金が必要になる。仕方なく、ワタシたちは以前にも増して、おっさんたちに抱かれる。
そう。みんな裏で繋がっている。
歌舞伎町に巣食うオトナたちによって仕組まれた、地獄みたいなループ。それに気づかせてくれたのは、エルメスだ。
エルメスが、ワタシたちを救ってくれた。見通しの悪い路地から、見通しの良い広場へワタシたちを誘導して、ワタシたちを保護してくれた。そん中に、モエだって入ってたはずなんだ。それなのに何でエルメスにたてつくのかな、アイツ。バカなの?
てかそもそも、前からアイツにはムカついてた。
ずいぶん昔からこの界隈にいたからって、そんだけのことで態度デカすぎ。何でも知ってる風に上から目線でお節介を焼いて、しゃしゃり出て、ホントにウザかった。
アイコみたいな何人かの頭の悪いコたちは、それにまんまと騙されて、よく擦り寄ってたけど、ワタシは騙されない。結局アイツは物知顔ででしゃばってくるわりに、何にもできない。誰ひとり救ってない。エルメスとは格が違うんだ。
それなのに、映画館脇の路地じゃ守ってやらないからって、エルメスがみんなを広場に連れてった時も、カッコつけてひとりでこの路地に残って、これ見よがしに気取ってみせてた。そんなの、マジでカッコいいとか思ってんの? 勘違いのナルシスト? もうホント最低。クズだ。
「また見張ってんの?」
背中に男の声がぶつかった。振り向くと、リョウがすぐ後ろに立っていた。
学生の頃に空手をやってたというリョウの身体は、そのせいなのか妙に角張っている。そのわりに立ち振舞いはどこかしなやかで、そのギャップが、何でだか不思議な怖さを感じさせるヒトだった。
マーキュリーの幹部で、エルメスのボディガード。なにか揉め事があると、すぐに先頭に立って治めてくれる。
この前、千葉から来たっていうヤンキーみたいな連中が、俺らが最強とかなんとか騒ぎながら広場で暴れようとした時も、ひとりでそのうちの何人かをあっという間に蹴り倒して、撃退してた。この界隈の、脆くて微妙なバランスの上で、奇跡的に保たれている治安みたいなものはきっと、リョウの存在があるからだと、少なくともワタシは思ってる。
「ちょっと前までアルタ前でウダウダしてたのが、ここんとこ姿見えなくなったからさ。そろそろまたこの路地に戻ってくんじゃないかと思って、アイツ」
ワタシが愚痴っぽく言うと、リョウは苦笑いしながらワタシの隣に腰掛けた。
「ミユってホント、モエ嫌いなのな」
「それってダメ? だってアイツ、エルメスに楯突くじゃん」
「別にダメじゃないけど、あんま力みすぎんなって。別にモエが戻ってきたって、アイツに何ができるわけでもないし。基本的に場を荒らす気がなければ、マーキュリーは来るもの拒まずがポリシーだから」
「荒らすんだって、アイツ。例えばアイコとかさ、仲のイイヤツにエルメスとかマーキュリーのあることないこと吹き込んだりして。そーゆーとこからさ、今のあの広場のイイ感じの雰囲気、壊されたくないじゃん」
少し声を荒げるワタシを、まあまあ、と宥めながら、リョウはタバコに火をつける。わかば、とか言う古い銘柄。すっごくきつくて重い銘柄だって、誰かが言ってた。
「安心しろって。モエだろうが誰だろうが、俺があの場所を荒らさせやしないから」
煙と一緒にそんな言葉を吐き出して、リョウは笑った。笑ったけど、目は刺々しい光を伴って、行き交う人々を捉えながら据わっていた。それを見てワタシは、うなじ辺りに寒気を感じる。こんなにじめついた夏の夜なのに、鳥肌が立つ。
不意にそのリョウの目の奥の光が、更に鋭さと、禍々しさを増した。リョウが見据える方向に、ワタシもまなざしを向ける。いた。モエだ。その横に、何故かタクヤも立っていた。
モエとタクヤ。
何で?
モエは、界隈のコたちをかたっぱしから口説いてヤっちゃうタクヤをめちゃくちゃ嫌ってたのに。モエと仲のいいアイコだって、そうやってヤり捨てられたひとりなのに。そんなタクヤに、モエはあからさまにイラついてたのに、なんで一緒にいんの?
わけわかんない。
その二人を見つけて、すっと、リョウが立ち上がる。ワタシも、後に続くように腰を上げた。
リョウはいつものしなやかな立ち振舞いからは程遠い、急くような感じでモエとタクヤに向かって足早に歩み寄ると、モエじゃなくて、タクヤの目の前で立ち止まった。
「今までちょろちょろ俺らから逃げ回る感じだったくせに、今日は随分堂々と乗り込んでくんじゃねえか」
リョウがタクヤに向かって言いながら笑う。でも、目は据わったままだ。刺々しさも禍々しさも、曝け出されたままだ。
タクヤは黙って、リョウを見つめ返す。そのまなざしにはリョウと同じように、尖った何かが宿ってる。こんなの、タクヤらしくない。いつもへらへらして女の子を口説くだけの、タクヤっぽくない。何か、ヤな感じがする。
その時だった。
タクヤの後ろから、いきなり人影が飛び出したかと思うと、その男はタクヤを押し退けて、おもむろにリョウの顔に向けて右脚を振り上げた。
リョウがとっさにそれを左腕で受け止める。
ばちん、と鈍い音。
すかさず、今度はリョウが、その脚を押し払いながら、みぞおちに向けて拳をつき出す。
男は片足で後ろへ器用に跳ねながら、同時にリョウの拳を払い、数歩後ろで着地した。
二人の間に、微妙な間が空く。
そのまま二人は向き合って、動きを止めた。
リョウより頭ひとつ抜きでた長身の男。ボウズ頭。そして、細身だけど、肩は妙に厳つく筋肉で盛り上がっている。
たぶんこういう揉め事には、自信も、経験もあるんだろう。唇の片端だけを吊り上げて、リョウに向かって不敵に笑んでいる。
「やるじゃん、にいちゃん」
言いながら、男は更に挑発するように、とんとんとその場で跳ねはじめた。
「なんなんだよ、オメーは」
リョウがそう返して身構えた時、また別な男が、タクヤのモエの後ろからぬっと前へ踏み出した。長い銀髪を頭の後ろでひっつめた男。
「やめとけ、ラン」
銀髪の男はリョウと、ラン、と呼ばれた長身の男の間に、ふたりを制止するような形ですっと身体を差し込んできた。
「マサヤ・・・ここじゃ、エルメスだっけか。ヤツを呼んでくれ」
妙に静かで低く、とはいえ鋭い声色で、銀髪は言った。
リョウはそれには何も返さずに、黙ったまま、今度は銀髪の男を見据える。
なんだか、妙だ。
今まで何度もここで揉め事は見てきた。けど、今日のこれは、何だかいつもとは違う、妙に冷えて尖った雰囲気を辺りに撒き散らしていた。
無意識に、鳥肌が立つ。
そう。こんなにじめついた夏の夜なのに。
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