06 Shiori

 あたしはただ、ずっとシンイチロウと一緒にいたかっただけ。

 それしか望まないし、それを叶えるためだったら、何だってやってきた。

 例えばシンイチロウが望むなら、“お小遣い”を稼ぐために、キモいオッサンに何度も、何人にも、抱かれた。その“お小遣い”を、シンイチロウの将来の夢のために、貢いだ。

 シンイチロウの夢。

 この歌舞伎町に、自分のお店をだすこと。

 あたしたちみたいな行き場の無いコドモの、受け皿になるような店。

 どんな形でもいい。

 ホストでもキャバでもクラブでもライブハウスでも。

 違法でも何でもいい。

 あたしたちが、縋ることのできる“居場所”であれば、いい。

 シンイチロウはいつも、そう語っていた。

 あたしはそんなシンイチロウが好き。大好き。

 あたしにとって、あたしたちにとって、シンイチロウは救世主だ。

 だからあたしはあたしの何もかもを、シンイチロウに費やしてきた。

 あたしはただシンイチロウの傍に居たいだけで、辛かったけどそのために、一生懸命やってきたんだ。何だってやってきたし、これからだって、何でもできる。シンイチロウだって、ちゃんと喜んでくれてた。それなのに、他になにも要らないのに、些細な夢のはずなのに、どうしてそんなことすらも叶えてくれないの? 叶えてくれないどころか、こんな仕打ちって、ねえ、神様、一体なんなの?


 ―――シンイチロウに会いたい?

 あたしはマーキュリーのエルメスに、そんな当たり前の事をあの広場で訪ねられて、歌舞伎町のずっと奥の方の、ボロっちい雑居ビルに連れてこられた。その一室。暗くて、かび臭くて、薄暗い部屋に通されて、そこで、血だらけのシンイチロウを見つけた。

 プラスチックの細っこい紐で手足を椅子に縛り付けられたシンイチロウの顔が、シンイチロウってわからなくらい、痣と瘤で歪んでる。その脇にマーキュリーの他の連中が二人、シンイチロウを囲っていた。

 「ちょ、ナニコレ? 何なの?」

 シンイチロウに駆け寄ろうとしたあたしの腕を、エルメスが掴んだ。

 「シオリ、お前はコイツに利用されてるんだ」

 エルメスが言う。

 「は? 何言ってんの? てか、なんでこんなことになってんの?」

 「“売り”やらされてただろ? コイツに。騙されてんだ、お前は。目ぇ覚ませって」

 「あたしは騙されても利用されてもないけど? あたしのやってることは全部、あたしが自分の意志でやってることだから。てか、何なのこれ。ふざけんなよ」

 言いながらシンイチロウに駆け寄ろうとしたら、エルメスに腕を引っ張られた。

 「どうせお前らの居場所を作るとかなんとか吹き込まれたんだろ? 全部嘘だよ」

 「何でアンタにそんなことわかんだよ。シンイチロウのこと、何も知らないくせに」

 「シンイチロウを知らないのは、お前だ、シオリ」

 言ってエルメスは、あたしの目をじっと見据えた。じっと見据えてるはずなのに、黒目が僅かにゆらゆらと揺れている。それがなんだか、怖い。

 「お前がコイツに貢いだ金は、コイツが起こしたある揉め事を治めたヤツに、全部流れてる。嘘なんだ。お前らの居場所を作るとかなんとか」

 「そんなわけない! だってあたし、わかるもん。親とかいろんな奴らに散々騙されてきたから、あたしを騙そうとしてるかなんて、ちゃんと見抜けるから。シンイチロウは絶対違う!」

 「そう思い込まされてるだけだ。コイツの本音は、お前の性をマネタイズして、搾取して、いつかお前が擦りきれてしまった時に、お前を切り捨てて、また別のオンナを搾取する、それを繰り返すだけだ」

 「マネ・・タ・・・? なに言ってんの? 意味わかんないんだけど」

 あたしは、エルメスの手を振り払う。でも、エルメスはまたあたしの腕を掴み直す。さっきまでよりも、強く握る。痛い。

 「要は秩序なんだよ。お前みたいに搾取されてることに気づけない連中が生まれんのは、秩序が蔑ろにされているからなんだ。だから俺たちがそれを創ってやってる。コイツが今、のも、その一環だ」

 凄まれた。

 あたしの知る、あの広場にいる時の優しいエルメスとめっちゃギャップのある怖い表情かおで凄まれて、あたしは思わずたじろいだ。

 「いいか。お前もお前の回りの連中も、居場所が無いってことは、俺らはよくわかってる。だから俺らがお前らの居場所を作ってやってんだ。そこから弾き出されたくなかったら、もうこういうヤツに踊らされんのはやめろ。な? 俺らがお前を解放してやるから」

 今度は急に諭すような口振りになるエルメスに、どこか、得体の知れない不気味さを感じる。

 「そんことどうでもいいから、シンイチロウを離してよ!」

 このままだと、ヤバい気がした。とにかくシンイチロウを連れて、ここから逃げ出したかった。焦ってた。だからなのか、声が勝手に、甲高く裏返った。

 「どうしてもわかってくれねえか? 俺の言ってること。なあ、シオリ」

 言ってエルメスは、今度は急に泣きそうな表情になる。かと思うと、あたしの腕を掴んだ掌を力ませて、厳つい形相であたしを睨む。顔に映し出される感情が、ジェットコースターみたいにころころと豹変する。怖い。わからなかった。わかってなかった。コイツ、ヤバいヤツだ。

 その時だった。背後で、ドアが開く音がした。振り向くと、見たことのないロン毛の男がそこに立っていた。

 男は小柄だった。

 小柄だったけど、ぴちぴちに張ったシャツの下の筋肉と、その身長とのギャップが、どこか異様な威圧感を醸し出していた。

 「まだ終わんねーの?」

 イラついた感じで男が言う。

 「いや、今決着ついたとこ」

 エルメスが答えて、あたしの腕をぐいっと引き、男にあたしを差し出すように突き飛ばした。

 「そいつもダメだわ。矯正できねーから広場に居させても毒になるだけだし、お前んとこに“納品”で」

 エルメスが口にした納品、と言う単語が、耳の奥で凄く歪に響いた。その瞬間だった。左の頬に衝撃と鈍い痛みを感じた。そのまま吹き飛ばされるみたいに、シンイチロウのすぐ足元に倒れ込んだ。

 ロン毛の男に殴られたんだ、とようやく気づいた時には、男があたしの身体に覆い被さっていた。そしてすかさず男は、あたしのスカートを乱暴に捲し上げる。

 「ちょ、やめ・・・」

 男の身体を押しのけようとした時、馬乗りになったままで、また殴られた。そのまま顎を鷲掴みにされる。

 「大人しく犯られねえと、殺すぞ」

 そうやって凄んでるくせに、男は笑っていた。やたらと歪んだ笑みだった。そして、その下唇から零れた男の涎があたしの鼻頭に落ちたのをスイッチに、あたしの身体は動かなくなった。

 本当に殺される。

 たぶん私の本能が、そう悟った。そしてあたしの思いとは裏腹に、抵抗することを拒絶した。そんな感じだった。

 「“商品”なんだろ? そんな雑に扱っていいのか?」

 視界の隅に、そう言いながら部屋を出ていこうとするエルメスたちが入り込む。

 商品?

 なにそれ。

 「あいつら変態だからな。ちょっとキズモノくらいの方が、値が張るんだよ」

 男はエルメスへ振り向かずにそう返すと、あたしの下着を剥ぎ取った。

 ―――やめて。

 でも、声なんか出ない。

 男は自分のズボンを降ろす。薄暗がりの中、いきり勃った男のアレがぼんやりと浮いて見える。

 ―――やめて。

 声なんて出ない。

 ばたん、とドアが閉まる音がする。

 たぶんエルメスたちは出て行った。

 男はそれを気にも留めず、ズボンのポケットから取り出したアトマイザーみたいなもので、何かを自分のアレと、あたしのアソコに吹きかける。それが原因なのか、あたしの意思なんか蔑ろにして、あたしのアソコは急にぐちゅぐちゅ湿り出す。

 男があたしの中に入ってくる。

 ―――やめて。

 無駄。やっぱり声は出ない。

 いやでいやでいやで、悔しくて悔しくて仕方ないはずなのに、下半身が溶けちゃうみたいに、めちゃくちゃキモチいい。

 それも、吹きかけられたあれのせいなんだろうか。

 「ごめんなさい」

 不意に、掠れた声が頭上から響いた。シンイチロウだった。

 ―――やめて。

 謝らないで。

 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 シンイチロウが繰り返す。

 何度も。掠れた声で。

 壊れちゃったみたいに、何度も、何度も、何度も。

 「いいね、そう言うの、凄くいい」

 男がそう言うのと同時に、男のアレが、あたしの中で更に膨らむのがわかる。あたしの中のキモチ良さも増していく。それが悔しい。ムカつく。悲しい。でも、どうやったって制御できない。

 ―――モウ、ヤメテ。

 そうだ。

 ふと気付いた。

 ひとつだけ、逃げ道がある。


 あたしは、思考を停めた。

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