第9話 セイギの拳

「こんな路地裏にあなたが働いているお店があるのですか?」


 繁栄した美しい街並みとは打って変わり、薄暗い裏通りのような狭い道を進むボツタークリィさん。

 少々匂いも衛生もあまりよろしくない環境になってきた。

 たまに人とすれ違っても、どこか暗かったり、酔っ払って酔いつぶれていたり、少し卑猥な服装の女性もチラホラ見えたりするのが気になる。


「ま、表じゃ分からねえ穴場って感じだ。ほら、立地条件的に思い切った価格で営業しねーと、こんなところに客は来ねえだろ~?」

「なんと、そうでしたか。色々と工夫をされているのですね。感服致します!」

「あ、お、おお……」


 確かに商売をやるのなら、大勢の人が行き交う広くて日当たりも良い表通りの方がいいだろう。

 しかし、ああいう表通りは激戦区だろうから、誰もがあそこで商売ができるわけではないということ。

 こういった人通りの少ないところで商売をされるのであれば、様々な工夫をして商売をしなければならない。

 僕のような世間も知らず、苦労も知らず、過保護に育てられた男には分からぬ苦労……それなのに、ボクに優しくしてくれたボツタークリイさんに報いなければ。

 僕はそう心に誓った……のだが……


「ほれ、あそこだよ。俺が働いてる……ッ!?」

「え?」

 

 その時だった。


「ぐわああああ!?」

「ぐへええ!?」

「ぎゃっ!?」


 ボツタークリイさんが指さした一軒の酒場……の中から、突如悲鳴を上げた三人の黒服の男たちが、店の外までふっとんできた。


「な、なに? これは……」

「お、おまえら、一体何があった! 誰だ!」


 突然のことに僕も何が何だか分からない。ただ、どうやらボツタークリイさんの同僚と思われる。

 優しく接してきたボツタークリイさんが憤怒して声を荒げている。

 当然だ、仲間を傷つけられて黙っていられるわけがない。

 一体……


「いんや~、おかしいね~……会計のゼロが一桁多いんでね~。それに意見したら襲い掛かってきたんで、正当防衛っちゅうことだ」


 すると、その時だった。店の中から誰かが出てきた。

 

「だ、誰だテメエは! ああん?」


 出てきたのは……全身を覆うマントのような外套を身に着けた、いかにも怪しそうな人物。

 声の様子から男性というのは分かるが……



「いやいや、お前さんらもあんまセコイ商売するなよな~。何であんなちょっとの飲み食いでアレだけかかるんだか……」


「うるせえ! うちは真っ当な価格でやってんだ! テメエ、俺らを舐めたらどうなるか分かってんだろうな? ああん! いいから金払え! 慰謝料と治療費もまとめてな! じゃなきゃテメエ、俺らの組織が死ぬまでテメエを後悔―――」


「はいはい、組織ねぇ~」


「ッ!?」



 速いッ!?

 外套の男は、ほんの一瞬で怒鳴り声を上げるボツタークリイさんの目の前まで?

 目の前に居たのに僕も一瞬見失ってしまった!


「じゃぁ、詳しい話は後で―――」

 

 そして男はそのまま手を上げてボツタークリイさんの額の前に……あの指の形は、デコピンというものだ!

 本来ならそれほど威力のない攻撃。

 だけど、今の男の動き、そして身に纏う雰囲気や佇まいは……危ないッ!



「やめたまえッ!」


「……おっ?」



 ボツタークリイさんまでふっ飛ばされる。

 そう思った僕は体が勝手に動いていた。

 手刀で二人の間に割って入っていた。



「あなたは大人でしょう! 恥ずかしくないのですか! 大人が会計でお金を払う払わないで揉めて、払わないどころか暴力に訴えるなど、そこに胸を張れる誇り高い正義はあるのですか!!」


「……へっ?」


「このように狭く薄暗い路地裏で人通りも少ない……そんな商売には不利な条件の中で懸命に働いている人たちに対して、何という所業ですか! あなたは恥を知るべきだ! この、たわけものめ!」



 許せるものか。

 懸命に商いをしている人たちを不当な暴力で苦しめる悪党など……



「僕の正義の拳で、その腐った性根をつぶしてくれるっ!!」


「……あ~……い、いや……お兄ちゃんよぉ……ちょいと話を―――」


「黙れ! あなたのような弟は知らない! そして、悪党と語る言葉など持ち合わせていないっ!!」



 成敗してくれる!


「お前さん、ちょ、ちょぉ! いきなり殴り掛かんなよ!」

「先にこの方たちに手を出されたのはあなただ!」

「いやいや、これも正当防衛で……」

「許さない! 無銭飲食、暴行、その上で言い訳! あなたの弁解など不要! 僕がこの拳で折檻してくれる!」


 正義のためなら、悪を殴って構わない。

 だから、僕は目の前の外套男に拳を繰り出す。


「魔正拳! せいやっ!」


 僕の正拳突きは大気を揺るがし―――


「ふぁっ!?」

「……え?」


 回避……した? 男は上体を逸らして僕の拳を回避した。

僕の拳を所見で?

 しかもまぐれじゃない。

 外套の下で光る目は、明らかに僕の拳を見切って避けている。


「魔極神ハイキックッ!!」

「どうわぁ!?」

「ッ!?」


 全力ではないとはいえ、僕の上段蹴りもバックステップで回避した。

 間違いない、この人……


「ひゅう、あっぶね……まさか魔界最強格闘技と呼ばれる、魔極神空手かい?」


 できる人だ!


「……空手を知っているのか……」

「まぁな。俺の……生涯最強の宿敵が使ってたからな……」

 

 どこか懐かしそうな様子で男はそう答えた。

 魔極神空手。神話の時代より伝わる魔界伝統格闘術。

 そして、父さんが―――


「くっ、この人……強い!」

「へへ……やるじゃねーか……通りすがりの魔族ってレベルじゃねーな」


 それをこんな通りすがりの悪党に……これが地上の人間のレベル!?

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