第7話 世間知らずな魔界王子

 僕は正義の魔王勇者になりたい。


 それが小さい頃から抱いた僕の夢だ。

 人間界と魔界、人間と魔族。長く続いた戦争も和睦が結ばれて終結を迎えた世において、次代の魔王である僕は、僕の代で更に人間との友好を深め、「悪」を絶対に許さず、人間界と魔界を正義に照らす素晴らしい世界にしたいと常々思っている。

 

 血と戦を好むのが魔王

 正義の勇者に敗れるのが魔王。


 偏見もいいところであった。

 でも、僕がそんな魔王のイメージを変えてみせる。

 

 そのためには、父さんの最大の宿敵であった勇者のことをもっと知り、学ばなければならない。


 仇などではない。


 僕は……



「この街に勇者フリードがいるわけか」



 勇者の故郷という噂を聞き、地上世界の主要国家の一つでもあるナヒカーリ王国王都。


「空の模様から……これは夕方というものだろうか? 地上は空の模様で朝昼夕夜が分かりやすいな……それにしても」


 巨大な王宮まで続く街の中央通りは石造りで隙間なく舗装され、左右にはいくつもの商店が立ち並び、多くの民が行き交うほど賑わっている。

 老若男女、一日の仕事を終えて帰路につこうとしている男たちの表情にはどこか達成感のようなものが見え、遊び疲れてそろそろ家に帰ろうとしている子供たちは笑顔で「明日も遊ぼう」と友達同士で約束し、正に平和な日常がそこに広がっていた。


「なるほど。これが地上の大都会……すごい……なんという発達。生活水準も高いのだろう。何よりも人々が安心して商いをしたり、笑顔に溢れている」


 僕は天下の往来だというのに感動に震えが止まらない。

 誰もが憎しみと悲しみに支配された戦争という時代を乗り越えた世界。魔界でお母さんたちはまだその戦争に囚われている。しかし、地上はどうだ? 人間たちはどうだ?

 こんな平和な世界に生きる者たちを、どうしてもう一度戦争をしろなどと言えるだろうか?


「……これが……これが勇者の作り出した世界!」


 いかに勝者とはいえ、戦後からそれほど経っていないというのにこの発達と平和な世界は素晴らしい。

 そして、それはきっと全て勇者の功績、勇者の力、勇者がもたらしたものなのだろう。

 つまり、勇者から僕が勇者を学び、そしてそれを魔界で活かすことができれば、魔界もきっとこんな世界になるだろう。

 

「敗戦の空気漂い、暗く重い今の魔界では簡単にはいかないかもしれない……しかし、民たちよ、待っていてくれ! 必ずや僕が勇者を学び、魔界に光を照らしてみせよう!」


 この光景を見て、僕は自分の目指す道が間違っていないことを再認識できた。。


「見ていてください、母さん。必ずや僕は地上で成長し、そして立派な姿になって帰ります!」


 僕の想いが通じたのか、母さんは僕の夢や進もうとしている道について大して反対することなく……いや、この話をしたとき、やけにニヤニヤとしていたような……恐らく、僕には無理だと思っているのか、何か悪だくみがあるのか……いずれにせよ、あのまま種馬になるかもしれなかったところ、こうして修行の猶予が与えられた。

 ならば、この与えられたチャンスを最大限に生かそうと、僕は心に気合を入れた。



「失礼、そこのお兄さん……」


「?」

 

「あんまり見ない魔族のようだが……ボーっとしているようだが、何かあったのかい?」



 と、その時、僕は誰かに声をかけられた。

 振り返るとそこには、キチッとした黒服に身を包んだ中年の男が立っていた。


「あっ、これは天下の往来で往生して申し訳ありません。僕は本日魔界よりこの地にやってきた者です」

「へぇ~、今日……何で魔界から? あっ、お兄さん若そうだし……魔法学校に入学とかかい? 今年から魔族の生徒も受け入れるようになったからねぇ」

「ぇ……魔族の生徒を受け入れる? そんなことになっているのですか!?」

「なんだい、兄さん……あんた、知らなかったのかい」


 中年男性の話を聞いて驚いた。

 この王都に魔法学校があることは知っていたが、まさか魔族の生徒も受け入れるという制度になっていたとは……

 やはり、王宮の温室で育てられていた僕は、こういう世の流れに疎く世間知らずだ。

 世間のことを知らずして、何が勇者になって世界を守るだ。

 これからは勇者としての正義や力だけでなく、知識も身につけなければ……


「はい。僕は……勇者フリードに憧れておりまして……是非、彼にお会いして、彼の弟子になりたいと思っているのです」

「……は? フリード?」


 そのためには、何としても勇者フリードの弟子にならなければ……と、思ったら中年男性は……


「はっ、勇者ねぇ……あいつの弟子に……は~……あんなやつ……いやいや、まぁ、勇者だけど……」

「?」


 なんだか口元を抑えて微妙そうな顔をされている。

 一体……


「いやいや、何でもねぇ。ただ、フリードは今は王都にいないぜ?」

「……え?」

「まぁ、そろそろ帰ってくるかもしれないが……」


 ただ、次の瞬間目の前の男性から言われた言葉に僕は一瞬呆けてしまった。

 くっ、タイミングが悪かったか。

 とはいえ、何の紹介もアポイントもなしなので、仕方ないといえば仕方ないが……



「たまに帰ってくるけど、フリードは戦争が終わってから、なんつーか、もっと自由というか……プーというか……遊んで……まぁ、世界を色々と回って、たまに帰ってきて、また旅に出るみたいなことをやっているよ」


「ッッ!?」



 しかし、中年男性の話を聞いて、僕は自分の想像力のなさに呆れてしまった。

 そう、勇者はもっと意識の高い御方だったのだ。



「そうか! 戦争が終わり、人と魔が共存の道を歩み始めたとはいえ、未だに世界には多くの悪の手により悲しむ民たちがいる。そんな方々を救う旅をしているのですね!」


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


「流石は勇者! 平和な世に妥協せず、国にとどまるのではなく、自ら国を出て世直しの旅をされているとは……そう、彼は王国の勇者ではなく、人類の勇者! 守るべきは国の中だけにとどまらず、この地上全てが勇者の守る対象範囲! なんと大きな方だ! ますます尊敬してしまいます!!」


「……この兄さん……ちょっと残念……いや、まあいいや……身なりもいいし、搾り取らせてもらうぜ」



 こうなったら、弟子になる云々以前に、まずはお会いしたいと思った。

 本来、勇者フリードは父さんの仇かもしれない。

 弟子になりたいというのは本来間違っているかもしれない。


 もちろん、戦争が終わったばかりの頃は僕も割り切れなかったかもしれない。僕も幼かった。


 だけど、今は違う。


 母さんには申し訳ないかもしれないが、僕は……



「とりあえず、兄さん! 今日はもう遅いしよ、腹減ったろ? 良い店にお兄さんを案内してやるぜ? ま、俺が働いている店なんだがよ」



 と、僕が色々と思い抱いていたところで、目の前の中年男性が言ってきた言葉を聞いて、丁度僕のお腹も空いてきた。

 既に日も沈んでいるころだし、確かにどこかで腹を満たして今日は休んだ方がいいかもしれない。



「確かに腹も空いてきた……それに、あなた飲食店で働いている方だったのですね……それで、その黒服を……」


「おうよ。ちょいと裏通りなんで、こうやってカモ……じゃなかった、客引きしててよ……50ドウラで何時間でも飲み放題で食べ放題……ちょっとテーブルチャージと店の女の子に奢ったりしたらもう少しプラスされるが、どうよ?」


「なに? 50ドウラでそんなに? なんと明朗会計な飲食店であろうか! 親切な御方よ、是非僕をその店に案内していただきたい!」



 それにしても、最初は初めて来た地上や、初め見る人間に緊張したりしたが、僕は幸運だ。

 来て早々優しい人に出会えた。

 いや、ひょっとしたら人間とはそういう生き物なのかもしれない。

 魔族である僕に対して特に偏見もなくそんなことを言ってくれるなんて、人間とはなんと心が広く優しい者たちなのか。



「俺の名前はボツタークリイ。ついてきな」


「ええ、僕はシィーリアスと申します。よろしくお願いします!」


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