第4話 最強の親子喧嘩

――あれは先生や先輩たちと出会う数か月前のことだった。



「天地雷震一閃!!」


 紫電の雷を纏って、振う腕を鋭い爪を牙と化し、刃と化し、伝説の武具にすら負けない強度まで鍛えて練り上げ、そして濃密な魔力と共に繰り出す僕の一撃。

 天地が震動する僕の最強の一撃は……



「おとといきなぁぁぁぁあ!!」


 

 荒ぶる魔界の女帝の前に一筋の牙も突き立てることができずに返り討ちに合った。


「ったく……反抗期だねぇ! ママたる私に逆らうとは、いけない坊やだよ。しばらく牢に入って頭を冷やしてなぁ」


 効かないどころか逆に僕の腕は砕け、骨も、そして内臓もズタズタにされ、一族の驚異的な回復力や耐久力が無ければ間違いなく死んでいたであろう力によって、僕は返り討ちに合った。


「しっかし、親への反抗は成長の証! お利口さんなお前にもちゃんと牙があると分かって嬉しいねぇ! くはははは、チン●にもそろそろ毛が生えてるんじゃないかい? どれ……」


 豪快に笑いながら瀕死の僕を笑う、現・魔界最強候補の一角。

 頂点の力によって完膚なきまでに叩き潰された僕は、そこで意識を失った。

 

 やはり、勝てなかった。


 先代魔王の妻として魔界を統べ、父と共にそして人魔の戦争の歴史においても伝説となった僕の母。


 しかし、父は人間の勇者に討ち取られた。


 そして、人と魔の戦争は終わり、終戦宣言、友好条約、そして人と魔の友好と共存へと世界は舵を取り始めた。


 人も魔も関係なく、魔界も地上も関係なく、世界は一つになる。


 僕も死んだ父や戦争で死んだ大勢の魔族たちの無念を背負いながらも、魔界の王族の一人として、今後は人間と手を取り合って新たな時代を共に切り開くことに尽力しようと……そのはず……だったのに……

 


「ッ……いた……たた……」

 

 

 そこで僕の意識は目覚めた。

 目覚めたらそこは、薄暗い牢獄の中。

 魔王城の地下牢獄だというのはすぐに分かった。


「よぉ、目覚めたかい? バカ息子ぉ~」

「……母さんッ!?」

「ママに逆らったという罪状は死刑でもおかしくないってのに、手心加えたママの愛を感謝するんだねぇ!」


 牢の外でニタニタと笑いながら僕を見下ろし、煙管に火をつける母さん。

 魔界でも最強種の一つである、オーガ一族にして鬼王の娘。

 いつも裸みたいな黒い鋼のビキニアーマーという大胆な恰好。

 何千歳と生きながらも、いつまでも変わらず女としての色気溢れる体を持ちながら、剛腕、剛力を誇り、肉弾戦ならまず間違いなく現在魔界最強の女性。

 紅く燃える長い髪を頭の後ろにまとめ、獣のように鋭い眼光と鬼族の証明である二本の角を頭部に生やしている。

 魔界でも最強種の一つである、オーガ一族にして鬼王の娘。

 世界全土に『灼鬼女帝・カーチアン』の名を轟かせている方だ。



「かあさ……ん……僕は……」


「ああ、分かってるよ。ママに逆らってごめんなさいだろ? 大丈夫、もう怒ってないさ。それよりも、戦争での実戦経験ないながらも、百にもまだ満たないお前が既に『A級魔族』の力を持っているその才能ぶりに嬉しくて濡れたぐらいだよぉ! くはははは! 死んだパパを彷彿とさせるねぇ!」


 

 あれだけの戦闘をしたというのに、本人は機嫌よさそうにこうして笑っている。いや、この人にとってあれは戦闘ですらなかった。

 現に僕はこうして瀕死なのに対して、母さんは傷一つ負っていない。

 それだけ僕と母さんの力は圧倒的な差があるということなんだ。


「さて、もう一度言うよ、シィーリアス。お前のこれからについてだ」


 そんな僕の想いに構うことなく、煙管の煙を吐き出して、母さんは這い蹲る僕に対して……


「本格的に私がお前を鍛えてやる。そして、ママとパパの血を引きしその才能を開花させ、新たなる魔王となって、魔王軍を再建し、そして再び人類を根絶やしにして地上を征服するんだよぉ!」


 そう、これが僕が母さんに逆らった理由の一つ。

 戦争は終わった。

 魔王は、魔王軍は、魔族は、魔界は人間に敗北した。

 しかし、人類は魔族を根絶やしにして魔界を滅ぼすようなことをせずに、共存を提案した。

 気の遠くなるような長き戦に、人類も魔族も既に疲弊しきっていた。

 だからこそ、これからは人種や種族の壁を越えて、互いに手を取り合って共存していく未来を提案し、魔界はそれを受けた。

 だからこそ、僕もその未来に賛同して、その新しい時代に尽力するはずだった。

 だけど、お母さんや一部の魔族たちにとっては違う。


「お母さん……戦争はもう……終わったんです」

「は? 私らは生きている。まだ負けてはいないさぁ!」


 お母さんたちの戦争はまだ終わっていないんだ。

 この方にとって僕は……



「そして、お前はさっさと嫁を取って最強の遺伝子もどんどん生産するんだね。私が見繕った女とね。そのために、この男と話をつけておいた。入ってきな!」



 そして、僕の意志を無視して話を続ける母さんに呼ばれ、一人の男……昔からよく知る魔王軍の将であり魔界屈指の戦士でもある彼が現れて、同時に片膝付いた。


「よう。どうだい? お前さんの妹は」

「はっ! 何も問題はありません!」

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