8-5 : てめぇの意地を

「――うそだろ……っ! 今のらってビクともしてねぇ!?」



 驚愕きょうがくするサイハ。


 リゼットの一撃をもってしても、ビル巨人は砕けていなかった。


 物理法則を無視した力を振るうリゼットに対し、ルグントも決して引けを取らない。


 ルグントの権能、〝虚実逆転〟は、影と実体の関係を逆転させる。

 この場にそびえる〈蟻塚ありづか〉は、思念によって形を変える半物質・半霊的な、曖昧な存在へとなり変わっていた。


 つまりはビル巨人が砕ける・砕けないの如何いかんは、意志の力次第なのである。


 操者ジェッツが「砕けない」と確信する限り、それは如何なる攻撃にも砕けはしないということ。


〈粉砕公〉リゼット。


隠遁いんとん公〉ルグント。


〝爵号持ち〟同士の衝突に、人智じんちは及ばない。


 両者が真っ向からぶつかり合った衝撃。サイハも、ジェッツも、それを肌でビリビリと感じながら。その本質は意志のぶつかり合いなのだということをまで理解して、共有する。


 言葉など交わされていないにもかかわらず、両者は全く同時にその解へと辿たどり着いていた。



 ――肉体的な力は問題ではない。問われるのは、自分てめぇの意地の強さ!



「――ならばっ! ここで潰えろぉぉおッ!!」



 魂でそのことを理解した瞬間、最速で行動してみせたのはジェッツだった。


 今し方防御を果たしたばかりのビル巨人の拳が、転瞬、感情を剥き出しにして反撃へ出る。


 再び落下に転じたサイハは防御に回らざるを得ない。



「くたばれるかよぉおっ! ここでぇっ!!」



〈霊石〉のオーラが淡く光る。

 それが磁力にも似た未知の力場を生じさせると、ビル巨人の岩肌に突き刺さったままでいた剣芯リゼットの刃の殻が、サイハの下へと引き寄せられた。


 ガギンッ!


 ビル巨人の拳が、空中のサイハを直撃する。火花が飛び散る。



「――ンなモンで折れるかヨ、このアタシがッ!!」



 間一髪。

 頑強な刃の殻をまとい直した大剣リゼットが、サイハの盾となって衝撃を受け流した。


 はじき飛ばされる二人バディ


 防御もつかの間、今度は鉱床斜面に即死的速度で突っ込んでいく。



「やっ……べっ……!」

つかまッてやがれ、サイハァ!」



 あわや岩肌に激突しトマトのようにぜようかという間際。

 大剣リゼットが刃の殻をバクンと半開きにし、高圧蒸気を噴射した。


 蒸気噴射の反動で落下に制動をかけながら、サイハは斜面に打ちつけられる。


 軟着陸というわけにはいかなかったが、五体満足。決死の空中戦から事なきを得る。


 サイハたちが着地したのは鉱床の中層斜面。幅二メートルほどの作業道が敷かれているだけの細い足場である。


 右手にはり立つ岩壁。

 左手には安全さくも何もない急斜面。


 最下層まで三十メートルはある。


 見下ろすと、この規格外の激戦のなか、エーミールとメナリィが蒸気駆動外骨格ハミングドールの残骸の陰で身を守っているのが見えた。


 一拍置いて、ビル巨人の拳がサイハたちの後方の斜面へ刺さる。


 大揺れと岩雪崩。大人の背丈よりも大きな岩が、エーミールたちのすぐ横へ転がり落ちたのを見て、サイハは肝を冷やした。



「そうだ震えろ! ひざまずけ! 力におののけ! 恐怖しろ! この俺にっ! この喧嘩けんか、先に心が折れたほうが負けだと言うなら! それはお前だ、サイハぁ!! ははは! ははははっ!!」



 高揚した声を上げ、グネリと背中をけ反らせ、ジェッツが狂喜乱舞する。



「礼を言おうじゃあないか! 〈蒸気妖精ノーブル〉の強さは、操者ドライバの意地の強さ! それが技術遺物こいつらの本質! サイハッ! お前は俺に! それを理解させてくれた! 簡単なことだったんだぁぁぁああっ!!」



 ジェッツがサイハのありのように小さな影をにらむ。

 修羅の背にも、〈霊石〉のオーラが揺れていた。


 ビル巨人の輪郭がゆがんでゆく。

 二本の腕を生やした人の形に近かったそれが一変、異形へと変貌した。


 二本の腕が裂けて四本に。

 それが更に裂けて八本に。



「ああ、感じる、感じるぞ……! ルグントとつながっているのがわかるぞ! こいつは俺の心の形! このゆがんだ化け物が! 俺と! マリンの! 復讐ふくしゅう心! そのものだぁぁぁあああっ!!」



 この十年、ジェッツの心をらい続けて肥えに肥えた修羅が今、この世へといずる。


 すべてを地の底へ引きずり込まんとするその野望。

 地獄絵図の招来に相応ふさわしい、憤怒ふんぬの姿。


 ビル巨人・修羅異形態。


 ドドドドドドドドッッッッッッッッ!!!!!!!!


 それは火山弾の降り注ぐがごとく。八本の岩拳いわこぶしが、怒濤どとうの八連打を打ち下ろす。


 見境のない面制圧。絨毯じゅうたん爆撃。


 あまりの手数の多さに、サイハもリゼットも反撃のしようがなかった。

 一打一打の破壊力も尋常ではなく、防戦一方以前に逃げ惑うしかない。


 狭い作業道に位置していては、回避動作もままならない。

 その上、下手に退けばメナリィたちへ危害が及ぶとあれば――



「――ウギャーッ!? 止まンじャねェぞこのヤロー! 心臓ブッ潰れても走れェ!!」

「うおぉぉっ!? 何のこれしきぃぃぃいいーっ!!!」



 必然、サイハはひたすら、前に走るしかなかった。


 リゼットの権能で身体機能が強化されているとはいえ、大剣を背負っての全力疾走。


 肺が焼ける。

 内臓がのたうつ。

 心臓が口から飛び出しそうだった。



「逃がさいでかよぉ! 死にさらせぇぇぇええッ!!」



 ジェッツの咆哮ほうこうがビル巨人の拳を更に加速させる。

 猛打の嵐がサイハの真後ろにまで迫った。



「ミンチになれ! そして俺の復讐ふくしゅうを! はらわたぶちまけて祝福しろぉ! ありクズがぁぁぁあっ!!」



 そして。


 ビル巨人の八本腕が獲物の動きを完全に捕らえ、その直上に狙い澄ました絶死の拳を打ち出した瞬間……ジェッツははるか離れたCEO室から、サイハの顔が死を前に引きるのを確かに見た。


 ズドドドドドドドッッッッッッッッ!!!!!!!!


 斜面が崩れる。

 作業道が潰れる。

 地形がゆがむ。


 ビル巨人の無慈悲な八連撃に、つい数秒前までその場にあった光景は跡形もなかった。


 声の限りに、腹の底の底から激情を吐き散らかしていたジェッツが、すぅはぁと深く息を吸い込んで…………ジェッツはふっと、冷静な表情を取り戻す。


 静寂。


 舞い上がる砂と、崩れ積もった岩石。

 ぐしゃぐしゃに崩れた斜面の、その間隙かんげき



「……。……つくづく……運の良い野郎だ」



 ジェッツが底冷えのする声と視線を飛ばした先には、岩に埋もれた横坑があった。



「いや、この場合は……最悪に運がない、と。むしろそうか」



 見えない何かと会話でもするように、ジェッツが一人ぶつぶつと言う。

 それは日時計ルグントに対してか、あるいは己の内に巣くった修羅へ向けて聞かせた言葉だったろうか。


 パカリ。

 懐中時計に時刻を確かめる。



「あと……六百秒、、、。地獄が開くぞ、サイハ……」



 コチッ、コチッ、コチッ、コチッ…………


一秒の狂いもなく、秒針が日食への秒読みを繰り返す。



「…………だが、、



ジェッツの手が、バチンッと乱暴に懐中時計を閉じた。



「お前は駄目だ、楽には殺さん。生き地獄を見せてやると、俺はそう言ったぞ……」



 ズズズズ……。


 ビル巨人が再び腕を持ち上げる。

 二対四本、左右の拳を握り合わせて、それらを高く高く頭上へと振りかざした。


 そして。


 ドーンッッ!!


 ドーンッッ!!


 ドーンッッ!!


 ドーンッッ!!


 まるで、巨大な四基の杭打機パイルドライバー

 サイハの逃げ込んだ横坑の真上へ、莫大ばくだいな衝撃が打ち込まれてゆく。


 鉱床全体がグラグラと揺れ続ける。パラパラと間断なく、大小の岩々が転がり落ちる。


 横坑の中でも同じことが起きていようことは、想像にやすかった。


 一打。

 一打。

 また一打。


 激情任せの乱打とは打って変わり、ゆっくりと、一定の間隔で。



 ドーンッッ!!

「そうだ……狭くて暗い、空気も汚れた坑道に……俺が忘れちまった、手作りの弁当を……マリンはあの日、届けに来てくれてたんだ……」



 ドーンッッ!!

「怖かったろうなぁ……」



 ドーンッッ!!

「苦しかったろうなぁ……」



 ドーンッッ!!

「悪いことなんて、なぁーんにも……しちゃあ、いなかったのになぁ……」



 岩盤の砕けてゆく音を、ぼんやりと聞きながら。

 ジェッツが、かなしげに空を見上げる。


 胸にぽっかりといたままの空洞は乾ききり、涙はもう、どれだけ待っても流れない。


 そして……ギョロリと。


 修羅に染まった目を向けて。



「…………だから、せめて。潰れてくたばる、その瞬間まで……あのの無念を、知るがいい……」











 ニヤァ……










 わらいに開く口元には、ただどこまでもどす黒い――――――――――――――闇。











「――――――――ハははハはははハはははハハハはははっッっ!!!!」

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