第四章 -新たな日常-

4-1 : 解体屋

「……ぅ……」



 苦しげに一つうめいて、エーミール・ワイズは薄目を開けた。


 飛び込んできたのは、真っ赤な光。


 一瞬、エーミールはびくりと身をこわばらせた。


 覚えている限りの最後の記憶がよみがえる。


 チンピラ男と暴力女の怒号が重なり合って、視界が深紅に塗り潰れた記憶。


 しかし、エーミールの目に今映っているのは、あのほとばしる赤い閃光せんこうではなく。

 それは夕焼けの光だった。



 果てしない荒野を染め、二つの月を照らす黄昏たそがれの残光。


 ベッドに寝かされてた。


 身をよじると、硬いバネがギシギシと鳴る。

 身を起こしふらつく頭に手をやると、湿布を当てがわれているのがわかった。ミントか何かを染み込ませてある。



「……どこだ……? ここは……」



 エーミールはそのまま、見知らぬ室内を見回してみる。


 ハンガーにつるしてあるのは、愛用のロングコート。

 荒野はが沈むと一気に気温が下がり、ワイシャツ一枚では肌寒い。肩まで丁寧に毛布を掛けられていたので気づかなかった。


 明らかに、看病された形跡。


 一体誰が……と首を振った拍子、ネックチョーカーから鎖が垂れ落ちた。

 空薬莢やっきょうのロケットが胸の上でバウンドする。


 そこから、ふにゃん。と。



『しゅう……しゅう……』



 空薬莢やっきょうの中から、寝息を立ててオタマジャクシがこぼれ出た。


 それを見て、エーミールの息が詰まる。

 深い安堵あんどに、熱いものが込み上げた。


 頭上に岩雪崩が降り注いだ光景を思い出して、エーミールはぎゅっと空薬莢やっきょうを両手に包み込んだ。



「……よかった……ヤーギル……」



 ドタドタドタ!


 扉の外で誰かが駆けてくる足音が聞こえた。

 それも複数。


 バンッ!

 扉が勢いよく開け放たれる。


 シルクハットにタキシード。

 正装姿のカエルが、O脚を広げて立っていた。



「エ……エーミール殿ぉぉぉっ!」



 分霊オタマジャクシを通じ、ヤーギルはエーミールが目覚めたことを感知して駆けつけたのだった。

 カエルは再会の喜びに後ろ足をぐっと踏ん張り、主人の懐目がけて大跳躍する。



「――オット、待てやクソガエル」



 ぱぁぁっと涙を浮かべた笑顔でエーミールの胸へダイブしようとしたヤーギル。

 しかしその首根っこを引っつかみ、そんなカエルをつるし上げる人影があった。


 銀髪赤目の暴力女――リゼットである。



「ゲロォ!? な、何をなさるかリゼット氏! エーミール殿が! 小生の主がお目覚めになりますれば! ここは感動的再会の場面でありましょう?! 水を差さないでいただきたい!」



「知るかバァカ。こッちもアタシテメェ操者ドライバ傷つけられてンだ。ダァレがタダで会わせてやるかヨ」

 手足をばたつかせるヤーギルを、リゼットがジトリとにらみながら。

「……オラ、〈蒸気妖精ノーブル〉は〈蒸気妖精ノーブル〉同士で引ッ込ンでてやッから、ニンゲン同士話があンならチャッチャとすませろ」



 リゼットが顎で指す横を通り、ベッドの前に仁王立ちしたのは――チンピラ男のサイハである。


 じっと無言でエーミールを見るサイハの目は険しい。

 腕組みした左腕には包帯を巻いていた。



「……こっちには言いたいことが山ほどある。だけどだ、先にそっちの言い分聞いてやるよ。女を殴るのは趣味じゃない。だから、言葉には気をつけてくれよ」



 サイハの低い声が、警告するように言った。怒りを堪えているのは明白。



「……参ったな……」

 自分の置かれている状況を理解して、エーミールは失笑を漏らした。

「襲った相手に、命を救われるだなんて……大恥もいいところだ」



「物わかりがいいな、エーミールよぉ。……で? まだ喧嘩んのか?」



 手短にサイハが問う。その後ろではリゼットがフンと鼻を鳴らし、首根っこをつかまれたままのヤーギルはしゅんと四肢をぶら下げていた。



「…………」



 何も言わず、エーミールが毛布をどける。


 ごそり。

 エーミールがジーンズの裾に手を伸ばすと、そこから未使用の弾丸が数発こぼれ落ちた。


 隠し弾が出てきたことで、サイハが眉間のしわを深くする。



「やっぱり隠してたか――ん?」



 サイハがとがめるのを余所よそに、エーミールは次にベルトへ指を滑り込ませる。


 チャリチャリと、そこからも弾丸がこぼれた。


 続いてワイシャツのえりまさぐり数発が。

 更に袖口からも。

 しまいには胸元を開き、谷間からも弾丸を出したものだから、サイハは「えぇ……」と開いた口が塞がらなかった。それを見ていたリゼットが、「ンなトコに隠せンのかよ」と己の平らなものを見つめる。



「言葉より行動で示すのが私のやり方。まだ疑うというのなら……君の手で好きなだけ調べればいい」



「……。……なぁオレ、もしかしてからかわれてる……?」



 サイハの表情は固まっている。



「本気さ。そう簡単に許しても信じてももらえる立場ではないと、一応は覚悟しているつもりだ」



 据え膳食わぬは何とやら――エーミールのその言葉に、サイハの指先が思わずピクリと震えた。



「ウワ……よくわかンねェけど、キメェぞサイハ」



 リゼットが軽蔑した声で言った。



「う、うるっせぇ!? 色仕掛けなんかに乗るかっ!!」



 サイハが言いわけするようにえる。

 せき払いでお茶を濁し、気を取り直して言葉を継ぎ。



「よ、よし……オレの見立てじゃ、もう隠し弾はないな、うん。行動には行動で、だ――そのカエル離してやれ、リゼット」



「……アッソ」



 チッと舌を一つ打ってから、リゼットがヤーギルを離す。何に対する舌打ちなのか考えたくなかったので、サイハは無視することにした。



「エーミール殿ぉ!」

「ヤーギル……!」



 遅ればせての再会。エーミールがヤーギルをひしと抱き締めた。



「ありがとう、サイハ……君は、いい奴だ」

 エーミールが微笑ほほえんで。

「私はとんだ見込み違いをしていた。ここまでの無礼をびさせてほしい……これが私の、信頼のあかしだ」



 そしてエーミールは、髪留めから最後の隠し弾、、、、、、を取り出して、それをチャリンと放棄した。



「「げェ……」」



 サイハとリゼットが、そんなエーミールの豪胆さにあきれて声を重ねた。

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