★Step37 麦秋の星へ

「な、田舎だろう…」


南は去りゆく旧式の宇宙バスには目もくれず、周りの景色を一瞥して、髪の毛をかき上げながら呟く様にそう言いました。


南と夏子、佐藤、鈴木、田中の三人組の計五人は、約束通り、リンダの居る星に社会科体験実習の為にやって来たのです。


7月は麦の収穫時期『麦秋』と言われている季節です。


西洋諸国の夏休みが六月から九月の間だと言う理由は、この時期に農作業が忙しくなるから学校を休みにして労働力を確保しようと言う意図の名残の為でした。


そして今年の夏、この五人は実際に農場に出て農業を体験する事に成っていました。初めての自然体験です。ちょっぴりの不安と期待が入り混じる複雑な心境を胸に秘めて、皆、この地に降り立ったのです。


夏子が皆から少し離れて周りを見渡し、風に髪を靡なびかせながら再び振り返ると皆に向かってこう言い放ちました。


「でも、暮らせそうじゃ無い?」


彼女にも何故そう思えるのか明確な根拠は有りません。ただ、この年代は追い込まれると女子の方が逞しいと言う事の証明でしょうか、何にしても、夏子はくじけそうに有りませんでした。


リンダの農場迄はバス停から延びる農道の一本道です。迷う事は有りません。南は相変わらずディーバッグ一個の軽装備です。そして、何も言わずに農場に続く一本道を歩き始めました。農場迄は普通に歩いて十五分程度の道のりでした。そして五分ほど歩いた頃でしょうか、南達の視界に一人の人物が見え始めました。


チェック柄のシャツにオーバーオール。麦わら帽子を被り犬のボスを伴って歩いて来る、その人影は、間違い無くリンダでした。陽炎に揺れる彼女の姿を見た三人組が走り出します。そしてリンダの処まで走りきると彼女を取り囲んでなにやら談笑しています。その姿を南と夏子は二人で眺めながらゆっくりとリンダの元に向かって行きました。


「夏子、南、お久しぶり」


三人はそれぞれ、堅く握手を交わしました。夏子はボスの事が気に成っている様で、彼の前にしゃがみ込むと、首から顔にかけて、わしゃわしゃと撫で廻します。ボスはそれを嫌がるそぶりを見せず、夏子の前に座り込んでしまいました。


「麦も大きくなったな…」


南が突然、麦の穂を眺めながらそう呟きました。


「うん、あれから三カ月だもの。もう直ぐ、刈り入れだから、頑張ろうね」


リンダが明るく、そう言いました。南も笑顔で応えます。以前訪れた時の様な無気力な南の姿は、そこには有りませんでした。


「さぁ、これと言って何も無いけど、遠慮なく食べて頂戴」


夕食のテーブルにはメイおばさんの自慢料理が並びます。ファストフードや冷凍食品がが多い都会の学生達には新鮮と言うだけで御馳走です。


リンダは皆から都会の暮らしで変わった事を興味深そうに聴きました。流行り物もサイクルが早くて、リンダが居た頃の話は、既に古いと言われる、そんなせわしない時の移り変わりに、ちょっと心魅かれますが、リンダは、この星が好きです、ここで暮らして行くのが自分にとって一番良い事だと、そう感じていましたから。


「そう言えば、南…」


リンダが思い出した様にそう言いました。


「ん、なんだ?」

「ちゃんと、ご飯食べてるね」


リンダはその光景が少し嬉しく思いました。


「苦労したんですよ、夏子さん」


佐藤がちょっと遠い目で話し始めました。


「ここに来る事が決まってから、夏子さんは、毎日毎日、お弁当を作って来て、普通の食べ物に慣れさせる訓練を地道にこつこつ続けて来て、やっと、ここまでになったんですからねぇ」


そして、自分も自分の事を、そこまで思ってくれる女の子が欲しいと…まぁ、結論は、ここに有る訳ですが。それがリンダだったら宇宙一の幸せ者になれるのではないかと言う処が…しかし、南は、相変わらず、ぶっきらぼうな処は治って居ません。


「――よせ……」


そう言って佐藤の言葉を一言で払拭してしまいました。あいかわらず、おれさまです。


♪♪♪


夕食が済んでから、皆で星空を見に母屋の外に出ました。余計な明かりの無い夜空には、満天の星。そして天の川がはっきりと見えます。


「こんな夜空は見た事無いわね」


夏子が感激して思わず呟きます。


「地球は、夜景が星空みたいだった」


リンダがそう言うと鈴木が彼女を見ながら、ちょっと、カッコつけてこう言いました。


「リンダさんの美しさには、叶うものなんて有りませんよ」


そして白い歯が輝く…


「――う~ん」


リンダは、ちょっと複雑な表情で頬をぽっりぽりと掻きました。しかし、鈴木は本気です。リンダは自分の美しさに気がついて居ないと言うのが佐藤の持論ですが、南が、ばっっさりこう切り捨てます。


「こんな、トウモロコシ女の何処が良いんだ、お前ら」

「何を言う、リンダさんの天真爛漫さは、この世の中の最大の宝と言っても過言では無くて…」


佐藤の長いリンダ称賛の言葉が続きましたが。彼女は、なんだかむず痒い感じがして、恥ずかしくて、まともに聞いて居られませんでした。こうして初日の夜は深けて行きました。明日からは、力仕事が待っています。それを皆、十分覚悟して来た筈だったのですが…


♪♪♪


皆の仕事は、先ず、朝早く起きる事から始まりました。都会での宵っ張りの生活が身に染みついてる彼等にとって、朝5時起きと言うのは、それだけで冒険でした。そして、歯磨きや洗顔もそこそこに、母屋前に集合して、リンダと共に牛舎に向かって行きました。


「リンダさんは毎日こんな生活してるんですか?」


田中がリンダにそう尋ねた。


「うん、そうだよ。慣れるとこれでも結構楽しいのよ、動物相手って」


六人の横をボスが尻尾を振りつつ何時も通りリンダの横について歩いて行きます。他の面々は、牛…と言う者を間近で見るのm初めてですので、何が起こるのか分らず、おっかなびっくりです。


「じゃあ、先ずは搾乳。終わったら、牧場に誘導して放牧、それしてる間に敷き草交換して、あとは…」


リンダは、皆に仕事を分配して作業を開始します。勿論、最初からうまく出来る訳も無く、皆、腰が引けてます。力の入れ方がうまく無くて、リンダの様に効率的に作業する事が出来ません。結局、作業従事人数が増えたのに、終わったのは何時もより一時間も遅い時間でした。


「じゃぁ、朝の仕事はこれでおしまい」


リンダの声に、皆がその場にへたりこみました。

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