★Step24 憂鬱は突然に

「イケませんリンダさん、こんな冷たい奴と一緒にいたら、冷え症に成って子供が産めなくなってしまいます。即刻、奴とは分れて我々と…」


力説する佐藤は、完全に我を見失っています。自分の大好きなリンダが、正確破綻者の部屋に夜な夜な出掛けて居るかと思うと、心が張り裂けそうになった。


「もし、もし、分らない事がありましたら、いえ、どんな事でも言いつけて頂けたら、この、三人が、何を差し置いても参上致します。たとえ、親の死に目にあえなくてもぉ~」


と、一人で彼は盛り上がる。クラスの皆は、面倒に巻き込まれたくないと言う様な表情を作ると、三々五々、解散して行きました。後に残されたのは、真っ白な灰となった佐藤ただ一人でした。


「リンダ、でもね、佐藤君の言う事も一理有るわ。日本人は礼節を大切にする民族なのよ」


夏子がリンダにそう言いましたが、リンダには、その『礼節』の意味が良く理解出来ませんでした。年上ならまだしも、南は自分と同い年です。何ら遠慮する必要など無い筈です。しかもクラスメートなんだから、親しくして当然、更に言わせてもらえば、リンダは南の家に住んでいるのです。つまり、家族な訳ですから、遠慮する必要など無いと考えていました。


「そこが、風土の違いなんでしょうね」


夏子は苦笑しながらリンダに、礼節について独自の解釈を混ぜながら、説明しました。


「ふうん…」


リンダはそれに鼻を鳴らして答えます。良く分って無いと言う意味でした。夏子はそれを見て、ちょっと安心した気がしました。だって、少なくともリンダは南の事を意識していない事が確認できたからです。と、言う事は、問題なのは南。夏子との関係を良好に保つには彼一人に集中すれば良いと言う事ですから。


夏子は頭の良い女性です。だから、色々と策略をめぐらせます。彼のプライドを傷つけず、なおかつ、自分だけを見させておく方法。こう言う時は、泥臭い方法が良いかなと、夏子は密かに思いました。夏子はリンダの後姿を見て、不敵に微笑みました。


♪♪♪


今日も南は帰宅してすぐ、自分の部屋に引き篭もります。そして今日の復習と、明日の予習を始めました。暫くして勉強机に置いた携帯が鳴り始めました。相手は夏子です。


「もしもし…」


南は相変わらずめんどくさそうに電話に出ます。普通こんな不機嫌な声で電話に出られたら、カチンと来る物ですが、夏子は人が出来ています。南と付き合う位ですから、少しくらいの事は気にしません。


「なんだ、用事は…」


夏子には特に用事が有りません。mく敵は、南に自分の声を聞かせる事、この一点に集約されていました。ここ最近、社会科実習や、リンダの留学騒ぎでバタバタしてて、自分の声を南に聞かせると言う行為が十分出来ていない様に感じていたので、先ずは、そのブランクを取り戻すところからと言う意味で電話をして来たのです。しかし、南は――


「用事ないなら切るぞ…」


そう言って、一方的に電話を切ってしまいました。電話口の夏子、これは流石にちょっとカチンと来たのか、携帯電話を投げつけたくなる衝動を抑えるのにちょっと苦労しました。そして、彼女の怒りパワーの目盛りが一つアップしました。


次の日は待ち伏せ作戦です。夏子は南が学校に来る時間を校門の前で待ちました。暫くすると、南はリンダを伴って、校門の前に現れます。夏子は目一杯の笑顔を作り、南にmかって右手を上げて挨拶しようとしたのですが、南は――


「よぉ…」


と、言ったきりで、夏子にそれ以上の言葉をかける事無く校舎に向かって消えて行きました。夏子の怒りパワーが又、人目盛り上がります。


授業の休み時間も南は教科書を広げている事が多く、あまり席を立って何処かに移動する事は有りません。でしたので、夏子は自分から南に近づいて行って、他愛の無い世間話を始めました。南はそれに対して無関心に相槌を打つだけでした。あまりにも南が何も言わないので。


「ねぇ、聞いてる?」


と、尋ねて見たら「うん」と惰性で相槌を打って、そのまま黙りこんでしまいました。夏子の怒りメーターは更にアップして、このままでは爆発しそうです。でも、夏子は耐えました。そして放課後…


夏子は再び待ち伏せ計画を実行します。校門に背中をつけて立ち尽くし、南が現れるのを待ちました。風が爽やかです。花の季節、地球の自然は全てに人間の手が入ってしまい、全くの野生環境と言うのが無くなってしまいました。


季節もそうです。気象コントロールシステムで気温・湿度・雨の量等がコントロールされています。


作られた四季でも、花の季節は嬉しい物です。夏子は校庭の桜の木を見ながら、南の事を待ちました。


暫くして、南がリンダを伴って校門の前に現れました。夏子は南に向かって手を振って、自分の存在を知らせます。が、南は矢継ぎ早に繰り出されるリンダの話を聞き言ってる様で、夏子の存在に気が付きません。そして二人は夏子に気付かず、校門を潜り、自宅に向かって帰って行きました。


後には、手のやり場に困った夏子だけが残されました。

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