★Step22 夏子の涙

「別に…泣いてなんか…」


夏子は気丈にそう言いましたが、瞳は既に決壊寸前。下を向いていると、ぽたぽたと涙がこぼれそうになっている事は、紛れもない事実でしたから、安易に否定も出来ません。


「莫迦、声聞きゃあ分る、どうした?」

「――ううん、別になんでもない。ただ、ちょっと声が聞きたくなっただけ…」


南は夏子の泣き顔を想像すると、胸が苦しくなりました。でも、彼女が何に苦しんでいるのかは分りません。全く思いつきませんでした。


「おい、これから会うか?」


南は夏子にそう言いましたが、夏子はこう答えました。


「ううん、いい。だって、こんな顔、見せられない物…明日、又、学校で…」

「――そうか、分った。学校で会おう」

「じゃぁ、お休みなさい」

「ああ…」


電話はそこで切れました。南は夏子の涙の訳を考えましたが、何故なのか思いつく事は出来ませんでした。夏子が自分の事で悩んでいるなどとは思っても見なかったからです。


こんこん…


部屋のドアからノックする音が聞こえました。南には、それが誰か察しがついて、少しめんどくさそうにドアを開きました。


ドアの向こうは予想通り、リンダの姿が有りました。


「え…えへへ、又、わかんなくなっちゃつた…」


ノートと参考書を持って部屋の外に、ちょっと照れながら立ち尽くすリンダの姿を見て、南は、はっと小さく溜息をつきます。夏子の涙の原因が、リンダに有る事に気付かず。


♪♪♪


「何、怒ってるんだよ…」


南は夏子の態度の理由が理解出来ませんでした。昨日は電話口で涙を流し、今朝は、今度は口をきいてくれません。南は困惑します。自分が原因とも知らず。


「別に、怒ってなんかいないわ。私は何時も通りで何の変わりも無いわ。ねぇ、リンダ」


南を挟む様にして並んで歩く、夏子・南・リンダの三人の雰囲気は微妙です。南はなんだか針のムシロの上に居る様で、妙に居心地が悪い物で有りました。


♪♪♪


南の机を、佐藤、鈴木、田中の三人が取り囲み佐藤が一言言いました。


「南、お前が悪い!」


南は、ムッとしながら答えます。


 「なんでだよ」


次に鈴木…


「お前は、女心が分っていない」


更に南の機嫌が悪くなります。


「お前らは、分るのかよ」


田中が鋭く突っ込みます。


「これを、世間一般では、三角関係って言うんだぞ」


南の表情が険しくなります。


「はぁ?三角関係?何の事だ」


佐藤がやれやれと言う口調で南に向かって、こう言いました。


「やっぱりな。全然分って無いんだよ、お前は。おまえ最近リンダさんにつきっきりだったろ、寂しいんだよ夏子さん。お前の行動を夏子さんが誤解するのは仕方無い事だ。ま、はやいところ、元の鞘に戻って、リンダさんをフリーにしてやってくれ。そうすれば、俺たちにもチャンスは有るからな」


佐藤は、そう言って、真美の毛を書き上げます。その仕草と全く同じ行動を鈴木、田中が取って、三人見事なユニゾン。南は、なんじゃそらお言う表情で、その様子を見詰めました。


「寂しい…か…」


南は、自分の行動を振り返ります。確かに、ここ最近、リンダに振り回されて、夏子に付き合う時間が減っている自覚は有ります。でも、夏子は、聡明で、自分に対して厳しくて、他人の事を思いやる心に溢れた優しい子です。教師も公認の仲では有りますが、それに少し甘えて居たかなと言う気がしないでも有りません。


だから、夏子の事は少し犠牲にしても、危なっかしいリンダの面倒をみると言う行動に出ている訳で、その事については、夏子も理解してくれていると、だから、問題は無い共考えていたのです。


「態度でしめさにゃ安心出来ない物だ」


鈴木の視線が遠くを見詰めて居ます。かれも同じ経験が有るのでしょうか?南は少し、その辺を突っ込んで聞いてみたくなりましたが、いくらなんでもそれは野暮と言う物です。南は、それ以上の事を聞こうとはしませんでした。

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