まあどうしたって男子高校生が恋するのは当たり前の話であって

七夕 乃月

第1話 春の予感

 

 優しく吹いた風でカーテンが揺れるのを横目に捉えながら、ゆっくりとシャープペンシルを回す。

 

 ちょうど三列目最後の生徒の自己紹介が終わり、拍手が始まった。それにならい拍手をすると、すぐに四列目の生徒の自己紹介が始まる。

 

 学年の最初の授業は楽で、なんだか得をしたような気分になる。そしてこのままずるずると日常が過ぎていき、あっという間に三年生になるのだろう。いわば今が高校生活の中間点だ。部活に入ってないと時間の流れが速い気がする。野球部やサッカー部、何かに没頭ぼっとうしている人間のほうが自分よりはるかに忙しいはずなのだが不思議なものだ。


「はい、じゃあ次は……」


 初めて見る担任の教師の声を聞き流し、窓の外を見つめた。桜の花びらが散り始めている。この様子だと入学式は満開だったかもしれない。自分の入学式は桜なんて目に入ってなかった気がする。俺も大人になったものだ。

 

 今日の授業がすべて終わり教室から出て、廊下を見渡すと、去年とは離れ離れのクラスになったであろう元クラスメイトと話し込む集団や、さっそく友達として仲を縮めようとするグループで騒がしい。そしてそこには俺を待ってたといわんばかりの顔をした見知った顔があった。


「もう帰るのか?」


 爽やかな顔で当たり前なことを言うこの男は、古田将司ふるたまさしである。


「ちょっといいか?」 


 中学からの腐れ縁の友人であるからこの「ちょっといいか」はちょっとではないことを俺は知っている。

 

 俺は決してお人好しではないし、どちらかと言えば何事にも無関心な方であると思う。しかしこの古田に関しては何か断れない雰囲気を出しているというか、有無うむを言わせぬ強引さがある。学年の人気者でありそれを決定づける整った顔立ちに、涼しげで清潔な髪型。すらっと伸びた背丈は威圧感がなく、スタイルがいい。断りづらい人当たりの良さを見せるが、しかし基本的には甘い男だ。


「ちょっとならここでいいか?」


 と俺がそっけなく返すと「相談がある。ジュース一本で」と古田は仕方なさげに首を振る。


 テンプレの会話だ。友情もタダではない。取れるべきものは取っておく。これを今年度の抱負にしようと考えた。


「内容次第だな」


 ジュース一本なんて安い男じゃありませんという意思をちらつかせ相手の様子を伺う。こういう時にホイホイと安請け合いをしたら、いずれ「友達だろ?」とかいう魔法の言葉で騙されかねないのだ。交渉や会話スキルはお手の物である古田には最大限注意を払う。それが敬意を払うというものだ。


「とりあえず、生徒会室に行こう」


 そう。人気者たるこの男は一年生の後期に生徒会に入っている。任期は残り少ないが、それゆえに早めに解決したい問題があるのだろう。


 再交渉の余地よちを残した取引が成立し、「わかった」と俺たちは肩を並べて生徒会室へ向かった。


__________________



 誰もいない生徒会室は無駄に広く感じる。普通の教室ほどの広さはないが、資料などが置かれた本棚と、部屋の中央にコの字型に置かれた長机、それと会議に使われるであろうホワイトボードが置かれてある。誰もいない教室に二人、しかも生徒会室となると、わけもなく浮つくのは俺だけだろうか。


 古田はさも何事も気にしてない様子で椅子に座らず、長机の一角に腰掛ける。


「今日の朝、吹奏楽部の二年生の生徒がサックスを壊されたらしい」


 古田は目の前にいる俺を見据みすえ、話し始めた。


「それで?」


「その犯人を捜すことになったから、逢坂おうさかに協力してほしい」


 用件だけを伝える軽い言い方とは裏腹に、思ったより重い相談で少し考える。まず一つ疑問に思った。


「そもそもそれ生徒会の仕事か?」


 生徒会って勝手なイメージだが、雑務とか書類仕事だと思ってた。あと偉そうにすること。某捜査線なら青島にキレられる立ち位置じゃなかったのか。


 そしてこのことは聞かれると思っていたであろう古田は、すぐに口を開いた。


「相談に来たのが吹奏楽部の部長なんだが、どうも表沙汰にはしたくないんだと」


「教師たちはこのことを知らないってことか。でも教師に知られたくないのはなんでだ?」


 するとあまり納得のいかないような顔で古田は答えた。


「部活が停止になったりすると困るからって言ってた。新入生の見学とかもあるし」


 正義感の強い古田からしてみれば、楽器が何者かに壊されているのにまず大人に相談しないことが納得いかないのだろう。確かに正しくはないのかもしれないが気持ちはわかる。これから部活動紹介なんかもあるであろう。そんな大事な時期に、部長としての判断が生徒会への相談だったのだ。


「分からなくもないが、こういうのは時間が経てば経つほど後手に回るぞ」


 こういう厄介ごとはすぐに大人に相談するが吉である。俺たち高校生には大人に比べできることとできないことが限られている。


「でも会長から任されたわけだし、会長の判断として俺たちに任せるって判断したんだと思うんだよな」

 

 生徒の代表である会長の判断となると一介いっかいの男子生徒である俺にはこれ以上言うことはない。しかし古田の言った「俺たち」とは俺のことではない気がする。会長とは面識ないし。


「じゃあなるべく早く解決した方がよさそうだな」


「だな。とりあえず・・」


 古田がそう言いかけると、カラカラとドアが開いた。


 そこに目をやると、腰ほどまである艶のある髪を揺らしながら、一人の女子生徒が入ってきた。茶道室でも入るかの如く足取りで、ゆっくりと室内に足を運ぶ。その一連の動作はおよそ、JKと軽々しく呼ぶには似合わない気品と、清廉さを纏っていた。


「二年の桜木さくらぎさんだ」


 俺に説明するように古田がつぶやいた。

 

「まず私じゃなくて、お友達に相談するんだ」


 開口一番、嫌味というか拗ねてるというか、どっちともとれるような口調で桜木は言った。なるほど古田の言った「俺たち」は彼女のことか。しかしなんかイメージと合わなかったな。もっと「ご機嫌あそばせ」とか「失礼ザマス」とかを想像していたのに。…ザマスはないか。


「いや、もちろん一緒にどうしようかと相談するとこだったよ。そのために生徒会室に来たんだ」


 桜木のどこか圧のある言い方に慣れているのか、特に反応せずに古田は返した。

品のある丁寧な仕草で椅子を引き、すとんと猫のように滑らかに座ってから桜木は口を開いた。


「そう。多分吹奏楽部の子が二年だったから会長は私たちに話を回したのでしょうね」


 ということは、てっきり来季での生徒会として任せる意を遠回し伝えるためとでも思ったのだが違ったかもしれない。この学校の生徒会長に関しては、あまりいい噂を聞かないから邪推じゃすいした。悪い噂と言っても黒い噂などではないが。


「お前以外にも一年で生徒会に入った人間がいたんだな」 


「そうだな。俺と桜木さんの二人だけだけど」


 コホンと咳ばらいをし、俺たちの会話割り入るように桜木が問いかけてきた。


「ところでなんで逢坂君がここに?」


 なんと驚くことにこの桜木は俺のことを認知しているらしい。稀にいる、全生徒の顔と名前を憶えている秀才なのかもしれない。これはイメージ通りである。


「言っとくけど私たち同じクラスよ」


 驚いた表情を読まれたらしい。なるほど道理で俺を知っているわけか。そして俺は全く気付かなかった。なるほど道理で友達がいないわけか。


「ああ。俺たち同じクラスだよな。知ってる知ってる」


「ほんとかしら。ところで質問に答えてくれない?」


 少しムッとした表情で桜木は問いかけてくるが、怒ってらっしゃる気がするのは気のせいであってほしい。だってまだ新学期になって初日だし仕方ないだろ。大人びた顔立ちのせいか迫力がある。


 助けて!とウルトラマンを呼ぶように心で叫びながら古田を見る。しかし苦笑いをするだけでシュワッチしてくれそうにない。


「俺はただ古田に連れてこられただけだ」


 俺は悪くないです。こいつが悪いんですと強調するように俺は答えた。


「まあいいのだけど。古田君もあまりこういうことは言いふらすことじゃないわよ」


「こいつだけだし大丈夫」


 古田は続けて、二人に話しかけるように言う。


「とりあえず、サックスを壊した人を見つけたいんだけど、どう思う?」


 もちろん異論はない。というか現状それが問題解決そのものである。古田は当たり前のことをいう天才なのか。ちょっと天然だよな?


「そうね。でもどうやって見つけるのかが問題だけど」


 それもそうである。桜木は考えるように下を向き机を見つめた。


「まず今わかってることはなんだ?」


 状況整理をしたいと思い、俺よりは問題に詳しいであろう二人に問いかけた。


 すると「そうだな」と一呼吸置いて古田が返答する。


「吹奏楽部の朝練でサックスが壊されたことがわかった女子生徒が部長に相談した」


「それだけ?」


「それだけ」


 最初に聞いた話とさほど変わらない内容にため息が出そうだ。あまりにも情報が少なすぎる。このままこの生徒会室でいくら考えても犯人には辿り着かないだろう。三人寄ればなんとやらだが、三十人いても無理だろう。百人寄ればどこぞの物置である。


「まずは話を聞きにいきましょうか」


 こうしているのが無駄であるというように桜木が立ち上がると、古田も後を追うように机から腰を上げた。


「今頃吹奏楽部は練習しているはずだから、音楽室に行くか」


そう言った古田に続き、俺を含む三人は生徒会室を出た。



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