姫は猫に告白を

かるま裕亭春紫苑

1章「忘却」

  「それじゃあ、イヌっちとひめりんはこのメモに書いてあるのを買ってきてちょうだいね」


 文化祭まで後2週間と迫っていた日のことである。私のクラスはお化け屋敷をやることが決まっており、放課後はその準備としてクラス全員が居残りで毎日制作に取りかかっていた。私の担当は小道具班なので、クラス委員から材料の買い出しをお願いされているところだ。ちなみに私と乾さんの2人で行く予定である。


何故買い出しに2人行くのか疑問に思っていたが、委員長が書いたメモを見て気付いた。買うものが思った以上にかなり多い。その多さに私は白目をむきたくなる。


  「そんなに驚かなくていいわよ、ただ近くのお店へ行って買いに行くだけだからさ」


表情がつい顔に出ていたらしく委員長は苦笑いをしていた。しかし近くの店とはショッピングモールの中にある雑貨屋のことを指しているのだろう。私はこれからはじめて行くので戸惑う自信がある。無事に買い出しができる不安だ。


  「それにイヌっちもいるんだしさ、ひめりんを助けてあげなさいよ。ね?」

 「もちろんだよ、ちゃんと協力して探すって!」


私の隣にいたイヌっちこと乾未海さんは胸を張って任せなさいと言わんばかりな態度を見せていた。実に頼もしく見える。


  「それじゃあ、ひめりん。行こうか」

 「そうだね」


 私と乾さんの2人は早速買い出しへと向かうことにした。目的地のショッピングモールは学校から歩いておよそ15分。地味に時間がかかるから帰りが遅くなるだろう。はぁ、明日は土曜日で休日なのが唯一の救いだ。翌日はゆっくり休めるからね。


  「買い出しなんてあっという間だよ。それにひめりんと一緒だからね~、嬉しいよ」


憂鬱な気分になっていると乾さんが笑顔で嬉しいことを言ってくるので一気に気分が晴れた。詳しく紹介をしておくが、いま私と一緒に歩いている乾さんは明るく人懐っこい性格で、体型が小柄なことからクラスメイトに『イヌっち』という愛称で親しまれている。クラスの中で委員長の次くらいに中心的な存在だ。私と仲良くなった理由は、お互い英語が苦手で入学当初に行われた居残り補習で仲良くなった。最初は気さくな性格をしていて、可愛いというのが第一印象だったけど今じゃ良き友人だ。しかし、私はその愛称で呼ぶのは妙に違和感があり恥ずかしいので、『乾さん』と呼んでいる。


ちなみに教室のとき委員長に呼ばれていた『ひめりん』とは私のことだ。おそらく私の下の名前の『一姫』の『姫』からとったのがきっかけだと思う。命名は乾さんなのだが、正直恥ずかしいからやめてほしい。しかし、その愛称のおかげで昔と比べて他人と距離が縮んだような気がする。昔から人付き合いが滅法苦手な私でも、こうして乾さんと仲が良いからね。愛称というのは非常に怖いものだと感じた。


 「どうしたの、ひめりん。さっきからぼーっとしちゃって」

 「ううん、何でもないよ。早く行こうか」

 「焦らなくていいからゆっくり行こうよ、大丈夫だって」


乾さんは励ましつつも雑談をしながらショッピングモールへ向かうことにした。そう言ってくれるだけで凄く安心する。彼女は話すのが上手で一緒にいてくれるだけでも楽しいのでまるで癒しキャラだ。一家に1人いたらみんなほっこりするだろうなと思うくらい。


 「ねぇ、ひめりん。突然で悪いんだけどさ、高校へ入る前ってどんな感じだったの?」

 「高校へ入る前?さて、どうだったかなぁ。思い出してみるよ」


不意な質問に私は思わず驚いて苦笑いをしてしまう。普段は大体学校やテレビ番組の話題が多くて私はいつも聞いてるだけなのだが、唐突な質問に対して動揺を隠せなかった。いったい私の中学時代の話なんかを聞いてどうするつもりだろう。仕方ない、乾さんのために頑張って思い出してみるか。


 「そうだなぁ、部活ばかりの日々だったかな」

 「部活?へぇ~、ひめりん部活やってたんだ。何処入ってたの?」

 「陸上部だよ」

 「それは意外だ」


乾さんは意外だという反応をしているが、これでも当時の私は足が速く大会でも優秀な結果を残していた。今は訳ありで部活を辞め、その後は自堕落な生活で落ちぶれてしまった。


 「そうなんだ~。あれ、でもこの間の体育大会のときは走ってなかったよね。どうして?」

 「中学3年の時に怪我をしちゃってね。後遺症のせいでまともに走れないから予め断りを入れたんだよ」

 「なるほど、それは悪いことを聞いちゃってごめん」

 「別に気にしてないからいいよ。むしろ帰宅部だと早く帰れるから楽だしね~」


謝る乾さんに私は冗談を混じりで笑いながら返事をする。怪我でまともに走れなくなったのは事実だけど、私生活にまで影響はないからそこまで気にしていない。当時病院の先生から『これ以上は陸上を続けてはいけない』と言われた時は驚いたが、そのおかげできっぱりと辞めることができた。周囲は非常に残念がっていたが、高校でも続けるつもりはなかったので悔しいとはまったく思わなかった。


 「マネージャーもやるつもりなかったんだね。うちのクラスでも何人か陸上部の子がいるけど、マネージャー募集してるって聞いたよ」

 「そうなんだ、それでもパスかな。この前帰る途中でたまたま練習見たけど、顧問が厳しそうで練習もスパルタっぽかったから入る気失くしたよ。体育会系はどうしても苦手でね」


 「あぁ~、わかるかな。ひめりん優しいし、大人しいから苦労しそうかもね」

 

乾さんが共感してくれたのは正直嬉しかった。てっきり否定されてマネージャーを勧められたらどうしようかと悩んでいたと思う。もしかしたら彼女は私の良き理解者になれるのかもしれない。中学の頃、陸上部へ入った1番の理由は顧問が優しくて楽そうだったからというは内緒である。いま思えば私が珍しくずっと続けられたのも顧問のおかげだったりすると思う。いや、顧問だけの理由じゃない気がしたけど、詳しいことは思い出せなかった。


 「でもよかったよ、ひめりんのことをもっと知れてさ」

 「前からちょくちょく乾さんと会話してたじゃん」

 「だって、ひめりん自分のこと全然話してくれないんだもん。もっと明るく積極的になれば友達が増えるかもしれないよ?」

 「その言い方だと、私みんなから嫌われてるみたいじゃん」

 「嫌われてなんかないよ、ミステリアスだと思われてるんだよ」


乾さんは冗談っぽく笑っているけど私がミステリアスだなんてはじめて聞いた。おそらく原因は私は普段、他人に興味がないので顔と名前を覚えることが苦手だからだと思う。ただ人付き合いが苦手なのに酷い言われようだ。


 なんてことを考えていたらショッピングモールへ到着した。


 「さ、着いたよ。ひめりん、雑貨屋さんで買うメモはもってるよね?」

 「うん、ちゃんとここにあるよ。早速2階にある雑貨屋さんへ行こう」


入ろうとする前に私はため息をつきたくなる。絶対に悪戦苦闘はするからだ。くれぐれも乾さんの足を引っ張らないように頑張ろうと自分に言い聞かせながらお店へ入ったのであった。


 ②




 「乾さん、もうこれで終わりだよね...!?」

 「うん、ひめりんお疲れ様!早くレジへ行って会計済ませちゃおう。あ、領収証を忘れないようにね」


どのくらい時間が経ったか覚えてないが、ようやくメモに書いてある商品を全部カゴに入れ終えた。これから会計をするつもりだが、私1人ではとてつもなく探せない量である。今はもうヘトヘトだ。それとは裏腹に乾さんはすぐに商品を見つけては簡単にホイホイとカゴの中に入れるので、その姿はまるで勇ましくカッコよかった。

 

 「乾さん、凄いね。ピッキングの才能があるんじゃないの?」

 「そんなことないよ~、こういうのは慣れだよ慣れ!」


なんて乾さんは笑っているが慣れとはどういう意味だと聞きたい。アルバイトでもしているのだろうか?


 「このお店、たまに行くから大体売り場は把握してるんだよね~。だけど、この量は私1人じゃ無理だからね。ひめりんがいて助かったよ」


 「あぁ、なるほど。そういうことか」


カゴが満杯になっている量の数を見ながら私は納得した。それに乾さんは私よりも体が小さいので力仕事は向いてない。だから、補助として私が呼ばれたのだろう。別に力仕事や雑用は苦にならないけど、委員長は何故私を指名したのかわからなかった。たまたま私が目にとまっただけだと思う。

 

 「はい、お待たせ。早く学校に戻ろう」

 「そうだね、乾さんありがとう。これでやっと用済みだよ。領収書も受け取ったし帰ろう」


乾さんはテキパキと支払いを済ませ、店員から領収証を受け取り私のところへ戻ってきた。これで帰れるぞと安心したのも束の間、商品の入った袋を見て愕然とする。試しに少しだけ手に持つと予想以上に重い。え、これをここから学校まで歩くの?本日2度目にして白目を向きたくなった。

 

 「だ、大丈夫だよ!学校なんて歩いてすぐだから、あっという間だよ!」


乾さんが私に気休めの言葉を送るが、明らかに彼女も動揺を隠せずいる。これでは余計に不安になるだけだ。


 明日は間違いなく腕が筋肉痛で痛いんだろうなと憂鬱になりながらも重たい袋を手に持って学校へ戻ることにした。力仕事は苦にならないとは思っていたが流石にこれはしんどい。ひぃひぃ言いながらショッピングモールを出ようとした時である。前から歩いてくる女の子と目が合い声をかけられた。


  「小田原...!?」


呼ばれたのは私の名前である。見た目は私よりやや大きく、スタイルは良い方で肩より長い黒髪。顔はつり目で怖いというのが第一印象だ。着ている制服を見れば私とは違うので他校の生徒だとすぐにわかる。そんな人が何故私のことを知っているんだと首を傾げる。果たして私にそんな友人いたっけか。頑張って脳内で検索してみることにした。。。が、検索結果は見つからない。


 「あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」


失礼なのは承知だったがやむを得ない。なるべく怒らせないように丁寧な口調で聞いてみることにした。こういう時に限って他人の顔と名前が覚えられない薄情な自分を恨みたい。


 「...何よ、忘れちゃったの?」


相手は呆れるように言い放つがそれでも思い出せない。混乱して訳も分からず自分を攻撃しそうだ。もしくは、違う世界線に迷い込んだのではないかと疑いたくなる。そちらから名前を言ってくれれば、思い出すはずなんだけど...。


 「その様子だとまだ思い出せていないみたいね。はぁ、まったくあんたは相変わらず鳥頭なんだから...」


女の子はため息をつきながら失礼なことを呟いた。この子、見た目は良いのにかなりの毒舌家である。そういえば、中学の時に親しい友人がいたなと薄っすらある人物が浮かびあがろうとしたのも束の間、


 「まぁいいわ。この後、用事があって急いでるからまた今度ね。後、今週の日曜の朝に中学校へ行くつもりだから、あんたも時間があれば来なさいよ。その時に思い出してくれればいいからさ。それじゃあね、小田原」


女の子は足早にその場を去って行った。毒舌の割にはサバサバした性格である。一方の私はせっかく思い出せそうだったのにシンキングタイムすら与えられず、もどかしい気持ちだった。


 「ひめりん、さっきの人は友達?」

 「だと思う...」

 「あの制服は頭が良くないと入れない進学校の生徒さんだね。凄いなぁ」


乾さんはずっと黙って会話を見ていたようだが素直に見惚れている。彼女が着ていた制服はオーソドックスなセーラー服が特徴であったが、他校に興味がないのであまり気にしていなかった。余談だが、いま着ている私の学校の制服はブレザーだ。


 「にしてもさっきの子がどうしても思い出せないや。ここまできてるのに」


私は苦笑いをして手を首のところに置くジェスチャーをする。乾さんは励ますように明るく笑顔で、


 「きっとそのうち思い出すよ!それよりもさ、私はまたひめりんの意外な一面がまた見られて面白かったかな~」

 「そんなに大したことじゃないでしょ」

 「そんなことないよ~、それにしても随分綺麗な子だったね!私、驚いちゃった」

 「口は悪かったけどね、今度の日曜日は暇だし会ってみようかな...」

 「それがいいと思うよ!それよりもここにいると通行人の邪魔だから早く行こう」


結局あの黒髪の女の子がわからないままだった。仕方ない、重たい荷物を手に持って学校へ戻ることになった。さっきの子は日曜日に中学校へ行けば、きっと思い出すはずだろう。


と自分に言い聞かせてショッピングモールをあとにした。




 ③




 「ただいまー、重くて疲れたよー!」

 「イヌっちお疲れ様!流石に2人だけはキツかったかしら。でもありがとう、お礼に飲み物を奢るわ。あ、勿論ひめりんにもね!」

 「ど、どうも...」 


 教室へ戻ると委員長が笑顔で迎えてくれた。未だに教室内は騒がしくて忙しい。みんな頑張り屋で偉いなと思いつつ、飲み物の奢りはまた後日でいいから先に帰らせてほしかった。もうクタクタで部屋のベッドで寝転びたい。


 「2人ともしばらく休憩してていいから、後で頼みごとしてもいい?思ったよりも作業が遅れてるのよね」

 「お安い御用だよ!」

 「わ、わかりました...(な、なんてこったい)」

 「だからと言って焦らなくていいわよ?少しだけでいいからさ。私は先に自販機へ行ってジュース買ってくるから待っててね」


期待虚しく居残り命令をされてしまった。そういえば今日は金曜日だったことを再び思い出す。だから、今週のうちにキリの良いところまで仕上げるつもりなんだろう。周囲を見ても未だに作業が終わりそうもないので、きっと終わる頃は夜になっているに違いない。やれやれ...私はこのとき、ショッピングモールで出会った女の子のことをすっかり忘れていた。


 「大丈夫だよ、ひめりん。みんなで協力すれば早く終わるって!」

 「だといいな...」


乾さんの激励も虚しく感じる。疲れているせいで返事が一言でしか答えられない。RPGで例えるなら、HPは残り10で死にそうな勢いだ。


 「はい、お待たせー!」


委員長が教室の扉を開けて戻ってくると、私と乾さんに缶ジュースを渡してくれた。さっきまでの苦労が安くついてしまったなぁと思ったが、タダで飲めると考えれば文句は言えない。流石に私もそこまで器は小さくないからね。


 「それ飲んだら作業お願いね!」

 「はーい...」


結局、委員長の指示に従うことにした。


 「(仕方ない、もうひと踏ん張りするか...!)」


私は缶ジュースを一気に飲み干した。HPを満タンにさせたつもりで、作業へ移ることにした。






 「うん、今日はこれくらいでいいわね。お疲れ様!早く帰りましょう」


委員長の指示でようやく解放された。時計を見ると夜の8時を廻っている。買い出しから学校へ戻った時間から考えると、およそ3時間くらいは居残りをしていただろう。


 「(これでやっと帰れるぞ...)」


流石にこの時間になると、クラスメイト全員はクタクタだったが、私はそれを通り越してフラフラである。1年の間、運動をしていなかっただけでこんなに体力が堕ちるのかよと思いつつ、ぼんやりしたまま帰宅をすることにした。そういえば日曜日に誰かから誘われた気がしたけど、もう知らん。明日考える事にしよう。



 何とか無事に帰宅をすると、疲労のせいか終始ぼんやりしたまま夕食と入浴を済ませた後、すぐにベッドへ倒れるように熟睡をしてしまった。こんなに疲れたのは実に久しぶりである。今夜は頑張ったご褒美に良い夢が見たい。

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