そんなに美味しい話はない

 ウクライナに供与され、現在進行形で使われ、戦果を称える絵まで描かれるジャベリン。

 あの強力なミサイルが注目を浴びているのは一ミリオタとして大変嬉しいのですが (戦争はやめてほしいけどね)、SNSを見ていると、よく間違った知識や誤解を生みそうなツイートを目にします。前のページみたいなやつのことだよ。


 なので解説をしようと思い立ち、これを書くに至りました。


 まず、ジャベリンは兵士が持ち運びできるアメリカ製の対戦車ミサイルです。発射用の筒 (ランチャー)とミサイル本体に分かれていて、敵の赤外線をロックして飛んでいきます。

 発射後は誘導いらずで、兵士はすぐにその場を離れることができます。いわゆる撃ちっぱなし、ファイアアンドフォーゲットのミサイルです。


 ガスで押し出されたジャベリンは落ちながら8枚の羽を開き、落ち切る前にロケットモーターに点火。上空160mまで上昇した後、45°以上の角度をつけて目標に突っ込みます。

 無事直撃した後は二重になっている弾頭が爆発し、高圧の金属噴流、メタルジェットを生成。装甲の強度を無視して貫通し、中身に損害を与えます。

 二重なのでロシア戦車が得意とする爆発反応装甲もなんのその。自らが犠牲になって弾を受け止めるはずの装甲を一撃目でスルーし、本命の二撃目を叩き込みます。


 その貫通力 (本当は貫「徹」力って言います)は600mm以上。60cmもある鉄の塊でもぶち抜けるのです。しかも普段目にするようなヤワい鉄じゃなくて、鍛えに鍛え上げられたRHAというもので換算しています。

 これは普段目にする鉄の3倍から4倍は硬い鉄です。つまりその辺の鉄骨が2.4mの塊になったとしても防ぎきれないのです。

 ま計算上は。


 ちなみに、現代戦車はRHAよりも硬い鉄を使用していますので実質の貫通力は600mmより落ちるんですが、戦車もそんなに装甲を厚くすると動けなくなってしまいます。

 なので鉄より軽くメタルジェットを効率的に防ぐ装甲を備えているのですが、話し出すとキリがないのでとりあえずそういうもんがあるんだと思ってください。


 こう書くとだいぶ「ヤバイ」ミサイルです。まあ実際「ヤバイ」と思います。が、どんな兵器にも必ず欠点はあるものです。

 高性能対戦車ミサイルジャベリンに潜む、8つのワナを挙げてみましょう。


 1,貫通力が足りない

 今60cmの鉄を貫通するって言ったばかりじゃんと思ったそこのあなた、じゃあ戦車の装甲が何mmぶんあるか、気になりません?

 ウクライナで使われているロシアの戦車、T-72Bの最大装甲厚はRHA換算でなんと、大体400mm!

 いや余裕も余裕で抜けるやんって思いますよね。でもちょっと待ってほしい。これはAPFSDSという種類の砲弾に対しての数字なのです。


 同じ貫通力なのに、ジャベリンとそのAPなんとかで違うのか? と思われるかもしれません。はい、違うんです。それぞれ特性がちょっと違います。

 ちょっと違うだけですが、ジャベリンとAPなんとかでは約1.5倍の開きがあるのです。


 ジャベリンはHEATという種類の弾になります。HEAT用の計算だと、T-72Bの装甲厚はなんと600mm!

 超ギリギリというか、五分五分の可能性でジャベリンを受け止めます。すごいですね。

 でも、こう思われる方もいるでしょう。いやまあ厚いのは分かったけど、それでもギリギリなら二発目撃てば撃破できそうやん?


 では聞いてください。T-72B、1985年生まれ。そしてロシアの戦車はあと二種類、T-72より高性能なのがある。


 いやねーだいぶ物持ち良いですよね、ロシア。自分が年下って人も結構多いんじゃないですか?そういう話ではない?そうですね。

 同年生まれだけどより高性能なT-80Uは780mm、1989年生まれのT-90は850mm。ジャベリンでは貫通不可能です。


 それにここからロシアが本領発揮します。ジャベリンは二重(タンデム)弾頭だから、爆発反応装甲を無力化するって言いました。

 今○○mmって言ってたのも、爆発反応装甲を抜いた数字で言ってます。

 しかし最近になってレリークト爆発反応装甲なるものを出してきました。お察しの通り、タンデム弾頭対応です。


 これを付けた2011年生まれのT-72B3は1000mm超え、T-80BVMは1450mm超え、T-90Mは1550mm超え。ジャベリンの貫通力の2~3倍になっています。

 これじゃロシアが最新戦車を出して来たらウクライナに勝ち目はない。


 と、思うじゃないですか。

 レリークトはともかく、T-80UもT-90もジャベリンが生まれる前に生まれているのです。アメリカが効かない兵器を配備するか?という話です。


 ジャベリンは160m上空に飛ぶ。そういいました。戦車の装甲は正面が最も厚く、上下後ろは薄いのです。45°程度の角度をつけて落ちてくると、言いました。

 T-72B3やT-80BVMだって、正面を一番に守りたいのです。爆発反応装甲も重いから、正面につけたいのです。


 そうすると、上面はどうなるか?

 T-72B3やT-80BVMを45°上空から見下し、装甲厚を計算します。 (T-90Mはできませんでしたが、まあ似たようなものでしょう)すると、100mm~550mmの区間がほぼ全てを占めるようになるのです。


 勝った。ジャベリンが勝った。


 これが、実際にT-80BVMやT-72B3が撃破されている理由です。

 ジャベリンは歩兵に持たせるため、小さくせざるを得ませんでした。小さくなるということは、出せるメタルジェットの量も少なくなるということ。貫通力はどうしても弱くなります。

 弱いなら、薄いところを狙えばいい。こうしてトップアタックするやべーミサイルになりました。


 サブタイトルと違う結果になった? いえいえ、そんなことはありません。トップアタックしなかったら抜けないのですから。トップアタックは本来いらない性能なのですから。

 トップアタックを選ぶことによる弊害は、あるのです。


 2.高い

 いちばんよく言われている欠点、それは値段です。そもそもからして色々とお高いジャベリンですが、誘導装置の複雑さは高額になる理由の多くを占めます。

 なんで誘導装置が複雑になるか。トップアタックするからです。


 先にも言った通り、トップアタックは本来いらない性能なのです。目標に一直線に向かっていけば射程も長くなるし、素早く到達できます。

 トップアタックはしたい、でも状況によっては一直線に向かわせたい。この相反する要求にどう答えたか。


 盛れば盛るだけいい物になると思ってる脳筋アメリカ、トップアタック限定とかみみっちいことはいたしません。

 どっちもしたいならどっちも選べるようにすればいいじゃない、どうせ戦車よりは安いんだから。


 こうしてジャベリンはどっちもできる凄いミサイルになったのです。おかげでミサイルの目となる「シーカー」の首振り角度 (役割としては目なのに、動く範囲は首振りなんですね)を大きくする羽目に。

 そりゃ高くなりますよ。なのに、命中率は下がるのです。


 3. (普通に作るより)低い命中率

 ジャベリンの命中率は94%! この数字よく見ません? 確かに事実です。が、めっちゃいい値を採用してます。自動車の燃費と似たようなもんです。

 具体的には、シュミレーターの値。もちろんそんじょそこらのシュミレーターじゃなくて、アメリカ軍公式のシュミレーターです。


 だから94%という数字を堂々とお出しできるわけですが、実戦ではそう上手く行かないみたいで。

 ジャベリンのロックオンには2段階ありまして、ミサイル本体でロックするモードと、発射機が目標の大まかな位置をミサイルに覚えさせるモードに分かれます。


 このミサイル本体だけでロックオンするモードだと、発射の衝撃でロックオンが外れてあらぬ方向に飛んでいくことがあるとか。

 ちゃんと2段階目のロックオンをしようね!という話なだけですが、いつ敵の砲弾が飛んでくるかも分からない戦場でいつもちゃんと確認できるかと言うと、難しいと思います。


 トップアタックなんぞしなければこんなことは無いのですが、まあ致し方ありません。ミサイルの値段より兵士が逃げられる方が重要です。


 まあその、逃げるっていうのも若干怪しいものですが。


 4.射程

 これは明確に欠点だって言うのが難しいんですが、一先ず欠点という体で書きます。


 ジャベリンの射程は最大4km! この数字もよく見ますね。事実です、事実ですけど、命中率と同じく良い数字を使ってます。


 まず、ジャベリンはミサイルです。羽を動かすことで方向を変えるミサイルです。羽を動かして方向を変えるには、ある程度の速度が必要です。

 遅くなればなるほど反応は鈍り、動く敵に対して当て辛くなります。


 さて、では動きとして無駄な「一回上に飛び上がる」なんて行動をするミサイルが、そんなに長く速度を保っていられると思いますか?

 こんなの、マラソンをするためにまずは神社の階段を登って、それから同じ距離を走って、また最後に階段を下りるようなもの。

 終わった頃にはヘロッヘロですよ。


 何が言いたいかって言うと、4km先の目標には当たらないってことです。エンジン切った車両とか、動けないトーチカになら当たるんじゃないですかね。

 なので実際に当たる距離を知りたい時には、有効射程というものを見ます。


 ジャベリンの有効射程はなんと……2000m! 2kmが高確率で当てられる距離です。15秒くらいで2km先に到達します!

 対して戦車の主砲は3kmくらいの距離でも当ててきます。やべーい。


 しかもその距離を3秒くらいで飛んできます。やべやべーい。

 そのうえ運が悪ければ、空中で爆発して一発が銃弾に匹敵する威力の鉄片をぶちまけてくる「エアバースト弾」なるものを撃ち込まれます。やべやべやべーい。


 最後に、人間より戦車の方が目はいいです。やべべべーい。

 条件が同じであれば、基本的にジャベリンは撃ち負けます。


 だがちょっと待って欲しい。兵器の射程とは、長ければいいものでは無いのです。

 ジャベリンに求められる100点の射程は「戦車から見えない距離から撃って当たる」です。


 人間とジャベリンは小さく、建物の中に隠れることができます。茂みに潜むことができます。

 息を潜めて待っていれば、戦車の方からやってきてくれるかもしれません。そこを打つのです。


 5.重い

「待つ」ことでかなり軽減されるのですが、いいポジションに着くまでは辛さを塗り重ねてくる要素。それが重量です。

 ミサイル発射機を含めた重量はなんと22.5kg! しかもこれだとミサイル1発しかないので、実際にはさらに数発のミサイルを背負うことになります。

 ミサイル1発は11.8kg。例えば5発持っていこうとすると、最低でも86.9kg! (間違いではありません)


 えっこれで行軍するんですか……?

 長距離移動は無理なので、ミサイルを別の人が持つとかして頑張ります。


 因みに22.5kgの内訳は、CLUと呼ばれる照準器が6.4kg、ミサイルが11.8kg、ミサイルを保護するためのLTAという極太チューブが約3kg、BCUというバッテリーが1.3kg。

 このチューブとバッテリーがくせ者です。さっき「86.9kg!」って言いましたが、計算が違うと思った人は正解です。


 チューブはともかく、このバッテリー、使い捨てなのに数持ってかなきゃならないんです。

 なんでこんなバッテリーあるの?それはミサイルを冷やすためです。


 6.冷却時間

 ジャベリンの数ある利点のひとつに、なんにでも撃てるというものがあります。

 ジャベリンは赤外線を感知して誘導されるミサイルです。正確に言えば、背景の赤外線の波長とは違う波長の赤外線を感知します。


 なので、本来はエンジンを動かしている戦車や装甲車しか狙えません。

 なのに、熱を発していないトーチカやエンジンを切った車両も狙えるのです。めっちゃすごい。


 これはミサイルの目、シーカーをキンッキンに冷やして感度を上げまくってるからです。わずかな波長の違いを感知できます。

 ビールみたいに冷やすと美味しいのです! が、キンキンに冷やすためには時間が必要です。


 発射前、目標を見つけてからBCUをセット。外気温によって変わりますが、NVSという赤外線が見える装置を2分半から3分半かけて冷やします。

 それからミサイルのシーカーが冷えるまで約10秒待ちます。

 準備ができたら4分間の間に広域捜索モードで敵を画面内に収め、さらに狭域捜索モードに切り替えて敵であることを確認。きっちり2段階目のロックオンで捉え、発射。


 お見事! 敵は損害を受け、生き残った乗員が戦車を捨てて逃げ出しました。その後戦車は燃え続け、弾薬に引火して吹き飛びました!


 え? 待ち時間は微妙に長いし、その間に隠れられたらどうするんだって?

 甘いなあ慣れですよ慣れ……とは言いません。現場の兵士だって同じことを言ってるんです。


 おかげで微妙に使いづらいとか、出合い頭の戦闘ではなにもできないとか、そういう評価があります。

 そもそも対戦車ミサイルに出合い頭の戦闘能力を求めるなって話なんですが、当然できないよりはできた方がいいです。


 似たようなミサイルで、日本の01式はこの利点と欠点をなくしたのが大きな特徴です。

 冷やす必要が無い! 軽い! 咄嗟に打てる! だけどエンジン動いてる敵しか撃てない!


 一長一短、ですかね。そのくせ自衛隊兵器特有の値段が高い問題、いい加減反省して。


 7.最短射程距離

 冷却時間があるため、目の前に戦車が出てきたら何もできません。これに輪をかけてジャベリンの近距離戦を難しくしているのが、最短射程距離です。

 ダイレクトモードでは65mと短いのですが、トップアタックモードでは150m。これ以上離れてないと、撃っても当たりません。戦車だったらまあ、究極0でも撃てます。


 得意のトップアタックを活かそうと思ったら、そこそこ離れて撃つ必要があります。意外と制限多いんです。


 8.勝負できない

 歩兵が戦車と勝負するために生まれたジャベリン、もとい携行式対戦車ミサイル。

 ジャベリンが携行式対戦車ミサイルである限り、逃れられない呪縛のようなものがあります。


 それは勝負に出れないってところです。

 いやいや戦車と勝負するんでしょ? って思われるかもしれませんが、それは細かい話なのです。


 戦争は広大な土地を使って行われます。そこを駆け抜けるのに必要なのは、早くて長い足。

 固まって敵を待つなら、重くて近距離戦が苦手なジャベリンで構いません。とても優秀で、強力な助っ人になってくれます。


 でも攻撃に出たいなら? 敵の土地に入り、暴れたいなら? 主導権を握りたいなら? 勝負に出なければ、勝つことはできません。

 素早い足がない、あったらあったで強みが活かしきれない。


 走攻守そろって初めて、敵の中に入り込み暴れることができます。それができる陸上兵器はただ一つ、戦車です。

 他の陸上兵器は戦車を補佐し、戦車とともに戦い、戦車が通る道を切り開くもの。


 あくまで主役は戦車です。だからジャベリンがいくら強くても、ドローンが飛ぶようになっても、戦車は作られ、開発され続けます。

 要は、ジャベリン最大の欠点はカチコミができないことです。負けない戦いはできますが、ジャベリンだけでは一生有利を取れないのです。


 もちろん、実際にはジャベリンだけで戦ってるわけじゃないので有利を取れるかもしれません。でも結局それは、有利を取るためにつくられた戦車の、補佐をしたってことです。


 ……欠点だと? いいじゃないか、主人公より強いサブキャラクター。あくまで引き立て役の最強キャラクター。

 好(い)いじゃあ、ないですか。

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